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今宵は新月。月のない夜。
月のない空は、晴れ渡る星空をも今宵は徹底的に隠すことにしたらしく、厚い雲が藍色の空を隙間なく埋めていた。
くん、と鼻から空気を吸い込めば雨の臭いが混じって。
耐え切れなくなった空が、その内溜め込んだ水分を放出してくる事だろう。
雨は。
忍びにとってもっとも隠れ蓑にしやすく、また、失敗率も上げる自然が与えてくれる諸刃。
光なき夜に、黒よりも色濃い闇に紛れて動く何かが、疾風の如く駆け抜けて。
火の国でも有数の、とある大名の屋敷では。
屋敷内にある者達の眠りを妨げることなく、誰にも・・・否、闇に蠢くものたちだけが知る、戦いが繰り広げられ。
ひっそりと終わりと告げた時、ぽつり、と。
漸く一滴が天より落ちてきた。
闇に姿を紛らわせていた者達は、総勢31人というところか。たった一人を除いて彼等は、潜ませていた闇へとその身を帰して。
空の涙が大振りになる頃には躯さえ、物言わぬ影へと消えていった。
闇に忍んでいたのは、そう、読んで字の如し、「忍」。
彼等の戦闘が、この宵闇の中繰り広げられていたのだ。
さて、31という数字に疑問を持ったことだろう。それは。
30人対1人という、多勢に無勢の。無謀とも呼べる、戦いで。
だが、たった一人が生き残ったという現実がここにあり。
伝説を作る――――。
其は木の葉。舞い散る黄金。
萌ゆる秋の風に舞う木の葉の如し。
木々より舞い落ちる、其は太陽の光に黄金を煌かせ。
木々より舞い上がる、其は月に影を落とす。
誰にも気付かせぬ闇の中、ひらりひらり舞い落ちる。
美しき黄金の幻想。死へと誘う木の葉。
―――彼の者に会ったものは誰として生きて帰れぬ―――
木の葉で、囁かれ始めたある忍の話。
それは大名の間でも囁かれ始め。
今は夢にたゆたう大名が興味本位に火影に依頼した人物で。
おかげで幸せな大名の首は繋がったまま。
すべては闇に消えていった。
されど名も知られぬ忍は、何時しか恐れを込められこう呼ばれるようになっていた。
死の”黄金の舞”を踊るは弧刃<コノハ>と
「只今戻りました。」
「おお。今宵も、滞りなく終わったようじゃの」
木の葉の主要場所である火影邸の、重要政務室では任務完了を告げる忍が、火影に報告書を提出していた。
「忍は波の国の者達ですが、力及ばず大名には指一本触れることなく、また、誰にも知られる事なく散りまして」
火影の私兵として各国にも名の及んでいる暗部服に身と包んだ、だが、名を知らぬ細身の暗部は聞きほれるようなアルトの、穏やかに話せば柔らかいだろう声を淡々と紡ぎ、事後報告を続ける。
「大名が危惧した、巻物も奪われる事なく、屋敷の者にも手を加えることなく完了いたしました」
「うむ。ご苦労・・・」
「では、私はこれで」
一礼して去ろうとする彼・・暗部ならば変化にてどのような姿をとろうとも真の姿を隠す事も他愛ないであろうが、少なくとも今は20代前半の細身の、面をして顔を隠してはいるが体はどう見ても男性である・・・を火影は呼び止めた。
「待て。面を取って近う寄るが良い」
「・・・はい」
一瞬、間を置いたが暗部の青年は、火影の言うままに面を取り―――
現れた白皙の、女性とも見紛う美貌を憮然と・・・。だが無表情に、黒耀の瞳で火影を見据えて、首の付け根で縛ってある背中まである長い黒髪を尻尾のように揺らしながら火影の側へと寄って行けば。
「怪我はせんかったか?」
側に寄った暗部に相好をくずして、まるで孫を見るような目で彼に話しかければ。
「全然。怪我なんてしないよじっちゃん・・・・」
答える暗部の青年も、年齢よりも幼い口調で返した。
「そうか、・・・おぬしが無事で良かった、ナルト・・・・」
そういって、皺だらけの手が、優しく青年の頭を撫ぜた――――