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何故何故殺した?
何故殺された?
夢の中で女のすすり泣く声が聞こえてくるのに気が付いたのは何時の頃か。
何故、何故に吾子は殺されなだ?
何故と問う声は余りにも哀しくて、切なさに苦しくなって。
出来るのならば慰めたいと思う。
何故何故何故に、里を守護してきた我にこのような仕打ちをする?
ああ、泣かないで。
己人間め。恩を仇で返すのか。
ああ、悲しみが怒りに変わっていく。
何故何故・・・
ねえ、その悲しみを受け止めさせてくれませんか。
******
「死ねばいいのに!!」
―じゃあ、殺してよ。
「どうしてあんな化け物が生きて大切なあの人は死んでしまったの?」
―どうして生きてるのかなんて言われても。
「返せ!俺の家族を!大切な友を!!」
―どうやったら死人を返せるというの?
「お前が奪った!!!」
―いつ奪ったというのだろう?
「お前の所為だ!!!!」
―判らない・・・
判らないよ・・・・・
幼子は何時だって身に覚えのないことを叫ばれて、罵られて、暴力を受けて。
ズタボロになるまで続けられるそれに、声を殺す。
泣いても、喚いても、助けを請うても、逃げたって。
今、逃れられても次の瞬間には捕まって、繰り返される暴行三昧に何の反応もしない事が一番早く終わる方法なのだと身を持って理解した。
何故、何て問いかけても無駄。
どうして、なんて無意味。
ただ目を瞑ってやり過ごすしかない。
そうして聞こえる内側の声は、酷く甘美で。
『憎かろう?辛かろう?』
『こんな里など滅ぼしてしまうが良い』
『我が代わりに滅ぼしてやろうぞ?だからこの体を明け渡すが良い』
―――けれど虚しくて。
「ごめんね。貴方にあげられないよ・・・」
こんなもの(体)、あげられないってばよ
だって、貴方は綺麗な人だと知っているから。
夢の中で、いつも嘆いている綺麗な綺麗な女の人は貴方でしょう?
だから汚れて薄汚いこの体はあげられないんだと、自嘲気味に笑う子供に、囁く声は何時しかなりを潜めて。
憎しみを囁いていた声は、破滅を歌う声は己の嘆きを慰める優しい思いをやがて知る。
ああ、悲しまないで。
苦しまないで。
それは、お互いに手を伸ばしあえた瞬間―――
******
それから何年も時を重ねたが、一向に子供に向かう暴力も、侮蔑も・・・負の感情はなくなる事はなく。
子供の守護者の目を盗み、否。黙認されている行為はエスカレートするばかり。
それでも、子供は明るく太陽のように笑っていて。
受ける行為など何もないとばかりに、全てを笑みに隠して生きていた。
その、子供が初めて友人というものを得られたのは、2回落ちた試験のおかげ。
アカデミーの卒業試験に合格できなかった・・・させられなかった少年に初めて友人と呼べる人間が出来た。
初めて優しくしてくれた教師に、初めて手を掴んでくれた友人。初めて出来た仲間に、子供の世界は変わるかと思われた。
しかし。
腐ったこの場所はそうそうに負の感情から子供を手放そうとしなかった。
『なんで笑っているんだ』
『なんでお前が幸せになってるんだ』
『私たちはこんなにも苦しいのに』
『俺たちはこんなに苦しいのに』
『許せない』
そうして子供を狙う負の感情は子供の大切な人にまで及ぼうとし、させまいと子供は一人になることを選んだ。
「俺はみんなの側にいちゃいけないってば・・・」
膝を抱えて一人、耐える子供は本当に小さくて。
ああ、どうしてこの優しき幼子に惨たらしい仕打ちを与えるのか。
子供の腹から全てを見ているモノは思う。
何故何故何故に、と。
けれど、そんな幼子にたった一人、手を伸ばしたものが居た。
里の穢れにも負けはしないと幼子の手を取ってくれた少年。
彼の少年に子供と、見守るものは唯一の救いを見た――――
それなのに。
ああ。
何故何故何故に。
どこまでも腐りきっているのか。
どこまでこの哀れな子を絶望に突き落とせば気が済むのだろう。
ほんの僅かな救いさえ、与えられないというのか。
******
その日は突然訪れた。
バタン!と扉が勢いよく開いたと思えば、上忍が面子を揃えてやってきた。
戸惑う子供に、仲間内で目配せし合図した忍び達が一斉に子供を取り囲むと、問答無用とばかりに身動きできないように縄で縛りつけ連行した。
「な、なにするんだってば!!」
「うるさい!」
「っ?!!」
ばしっと、少年の頬を手加減なしに上忍のうち一人が叩いた。
加減なしに叩かれ、尻餅をついた少年にあからさまな侮蔑の視線を向け、縄を引っ張り無理矢理立たせる。
「おいおいおい、少しは手加減してやったらどうだ?」
からかい気味に仲間内の一人が言う。
「何言ってやがる。今まで生かしてやってたんだ。これくらい様ないだろ」
「違いねえ」
「―っ!!」
言うなり再び少年に暴行を加え始めた男に、子供は呻き声を上げるが、誰も、笑うだけで助けようとはせず一通り暴行を受け立ち上がれなくなった少年を縛った縄で引き吊る様に何処かへと向かうのであった。
少年が、気が付けば其処は牢屋と思わしき場所だった。
「ここ、何所だってばよ?!!」
少年の特殊な体質を持ってすぐ治るはずの、道中に受けた傷はそれでも癒しきれず、何とかずきずきと痛む傷に耐えて辺りを見回す。
しかし、石造りで出来ている頑丈そうなこの場所は、唯一の出入り口であろう扉は鉄格子で作られて。頑丈そうな鍵が掛っているようだ。それに少年の力では到底破壊する事は出来ぬであろうそれに、アカデミーで教わった縄抜けも、下忍になって覚えた術でもっても抜け出せそうになかった。
誰も居ない場所で何所かと問うても、答えは返って来ない。
もっとも、誰がいようとも少年の問いに答えをくれる人間など、救いをくれた少年と、少年を取り巻く優しい人々しかいないのだが。
そうして思う。
最近、彼らが一斉に長期任務に付いた事を。
なにやらばたばたと里中が忙しなく、殺気だっているようだったから大人しくしていたから現在の状況が曖昧だ。
しかし、肌に感じるぴりぴりとした空気は、少年にとって決して良いものではないと本能的に悟っていた為か。
自身を取り巻く状況が悪化している・・・いや、最悪な状況になっていると、漸く、この薄暗い場所に立って思い知る。
『必ず帰ってくるから!!!』
必死な様子で子供の身を案じた少年は、この事を悟っていた?
いつもダルそうに、めんどくさいというのが口癖の彼の少年が、とても頭が良いと知っている。
その彼が、導き出した未来の一つに、現在の状況が見えたのだろうか?
どこまでも優しい少年に、子供はふと笑った。
それは、いつでも太陽のように笑う子供の姿から掛け離れた、今にも消えてしまいそうな儚い姿。
その姿を見たのは、物言わぬ冷たい牢屋の石壁だけであった――――