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気が付けば、其れは月明かりの照らす、静かな森の中で佇んでいた。
―どこかで見覚えが?
見渡した光景に、視力でだけでなく、五感で感じるこの場所への懐かしさを覚え眼を細める。
それも其の筈。この森こそ、かつてこの者が治め住処としていた所で。今は禁忌の森と呼ばれている場所だった。
「何故・・・・」
半ば呆然と、肉付きの薄い唇から零れた。
一度は神と呼ばれた其れ。だが、四代目火影によって人間の子供に封じられしモノは、たかが十数年という時に力を失ったとでも言うのか。何故に、己がこの場所で立ち尽くしているのか状況を理解し得なかった。
―否。
理解なぞしたくはなかったのだ。
「吾子?」
一度目は、小さく問う様に。
「・・・吾子?!」
二度目は、訝しげに。
「吾子っ!!!!!!!!!!!」
最後に目にした残酷なる光景を掻き消すように、三度目は、叫んだ。
*******
シカマルの脳裏に、最後に見た時の綱手の姿が不意に思い出された。
「―気をつけな。」
上層部があの子に何か良からぬ事を企んでるよ。
それは任務完了報告に上がった時、退出の折に言われた言葉だった。火影様もな、と生意気に返して「アタシが簡単にやられるか、」とさらに返された際に振り返って仰ぎ見た、その姿が綱手を見た最後だった。
綱手の失脚は、シカマルが警告を受けてすぐにではなく、上層部の中でも過激派と呼ばれる連中の主張をシカマルが確認してから、だった。まるで、シカマルの動向などお見通しだとばかりに、それを境に環境が激変した。
ナルトと親しかった者達―特別上忍たちは、過酷な戦地へ。
同期たちは、まだ中忍にも拘らず明らかに難易度の高い任務を与えられたり、名も知らぬ遠い地へ飛ばされたり。
ナルトを可愛がっていたイルカも戦場へ借り出され、3代目の血を受け継ぐ木の葉と、その仲間達は隔離され、一楽のラーメン屋はいつの間にか店を畳んでいた。
そしてシカマルとて例外ではなく。
むしろ最も仲の良かったシカマルが一番過酷な任務を背負わされた。
「―・・・御意。中忍奈良シカマル、直ちに現場に向かいます。」
そう言って直々に手渡された任務書を懐に仕舞い、火影の執務室から退出した。忍び笑いを浮かべる火影を背後に感じながら。
ぱたん、と自室の扉を閉めて、シカマルは一つ溜息を付くと、無言で壁を思い切り殴りつけた。
ダンッと強い衝撃に階下が振動を来たしたかもしれないがそんなことはどうでも良い。殴りつけた右手と左手両方を握り締めたまま今度は両手で壁を叩く。
「クソったれ!!!!!!!!」
叩いた格好のまま額も押し付けた。
手渡された任務書の中身とナルトの顔を思い出しシカマルは鋭い目つきをより一層鋭くする。
書かれた内容はこれより長期に渡り、水の国を始め各国の情勢を探り、必要ならば勢力を削いで来ること―
明らかに画策されたと解る任務に、最愛の者を失う予感を、この時ビシバシと感じた。
火影の命令だからといって聞ける内容ではなかった。呼び出しされた時から、嫌な予感はすでにあり、それは外れることはないと無駄に回転のよろしい脳みそが幾パターンの中から特に可能性の高い予想と纏わる結果を弾き出す。
狙いがあからさま過ぎて、笑ってしまうほど簡単な答えだ。
里に災いを齎した狐―ナルトの完全なる排斥、それが奴らの狙いだろう。それを妨害するであろう者達を片っ端から削除していくというのが目に見えて解っていたというのに。
解っていたのに、シカマルの力が及ばなかった。
何の手も打ってこなかったわけではない。けれど、たかが中忍であるしかも未だ幼い少年であるシカマルは、幾らIQ300を超える天才であろうともこの時持ててた力は少なくて。
―――どんなに後悔しても、もう、遅い。
祭りだ。
祭りだ。
ああ目出度い。
今宵は祭りだ。
さあさ、皆の衆。今宵はみなみな踊り明かそうではないか
*******
「なぜ、間に合わなかった!!!!!」
「なぜ、吾子と共に居らなだ!!!!!」
二つの叫びは、惨たらしい姿に変えられた大切なものを守れなかった己を責める声。
何故何故どうして、と繰り返さずにはいられない。何に対してだとか、誰に対してだとか、そんなものは全てに聞いて周りたい程。
血反吐を吐く思いで辿りついた先の、あまりにも凄惨なるその姿に。
声が枯れんばかりに叫んでも、愛しきものは帰ってこない。激しい感情は元凶たるものへ。
憎悪に染められた黒曜は、絶望に打ちひしがれるかつて神と呼ばれしモノと出会う。
「・・・・お前も、か?」
「・・・そなたも、なのか?」
それは偶然か否か。それとも・・・・。
「同じ思いを抱きしものなれば。そなたの願い、叶えよう」
「同じ思いを抱きしものなれば。お前の望み、叶えよう」
―――共に。
やがて修羅を宿した二つの魂は、本来ならば出来うることのない事を可能にし、一つに成り果てる事ができた。
本来の穢れなき赤子に封じ込める手法を取る事もなく、強引に妖を宿した少年は代償に鬼となった。
人々を恐怖に陥れるに相応しい、異形なる姿は、一見人と変わらぬも真っ赤に染まった紅眼は憎しみと絶望を宿して。
―――大切なものを奪った里の災いとなる。
それは因果応報と呼ぶには哀し過ぎて。
報いと呼ぶにはあまりにも罪深い。
悲しき魂は何処へ向かう?
優しきあの魂は。
これを知ることが出来たのならば、如何下のであろうか。
*******
祭りだ。
祭りだ。
ああ目出度い。
今宵は祭りだ。
さあさ、皆の衆。今宵はみなみな踊り明かそうではないか
火の国にはかつて、忍びが栄えたという里が山奥にあったそうだ。
そこには、今も忍びが居り、影成りに火の国を守っているそうな。
けれど、忍びの里があったという場所の近隣の村人達は口々に言う。
あの、忍びの里があるという森には決して近寄るな、と。
鬼に連れて行かれてしまうよ、といつの頃からか囁かれている子供を諌める為の言葉は、果たして。
そこは深き緑に覆われた、人を拒絶するような密林。
例えばここに里があったなど誰が信じようか。
そんな場所に、一つの影が見える。一本の大きな樹に寄り掛かるようにして胡坐をかいて座っているその姿は、人間なのだろうか。
よくよく見れば、大切そうに何かを抱えている。
愛しげに撫ぜるその手は優しく、心から指先までにその愛情が見え隠れするほど。
目を閉じるように見えるその顔は、慈愛に微笑む聖母のようで。
されど、目を覗き込むことが出来るのならば、見たものは恐怖に慄くだろう。
―優しさに満ちた中に潜む修羅の炎に。
狂気を宿した視線の先には組んだ両膝の上の、愛しげに抱き撫ぜる・・・白い、人間のものと思われる白骨化した頭蓋骨。
頭のてっぺんから、身を包む衣服は真っ黒に覆われて。見える顔と掌だけが白いそれは、果たして人か物の怪か。
だらりとたらした黒髪が、笑んだ口元だけを浮かび上がらせる。
歌うように三日月の形に歪んだ口が紡ぐのは光への呪詛か、闇の祝福か。
ただ、撫ぜる手に合わせるように言の葉は紡がれる。
祭りだ。
祭りだ。
ああ目出度い。
今宵は祭りだ。
さあさ、皆の衆。今宵はみなみな踊り明かそうではないか
そこに居たのは、鬼。
大切なものを失って、修羅と化したかつては人だった者と、妖の成れ果て。
緑に萌ゆるその先の、永遠の夢を紡ぐ場所を守りて生きる。
今も、これからも。
ずっと・・・・・。
祭りだ。
祭りだ。
ああ目出度い。
今宵は祭りだ。
さあさ、皆の衆。今宵はみなみな踊り明かそうではないか
手に手を取って。
さあさ・・・・。
完