闇宴




ふらふらと、今にも崩れ落ちそうになる体を動かして、漸く辿り着いた先に待っていたものは。
なんて残酷なる現実―――




6代目火影が誕生したのは、中忍になって暫くして。
唐突なる綱手の失脚は、「火影」に使える忍び達に多大なる衝撃を与えたが、その動揺を見事収めた6代目の手腕はそれなりのもので・・・だがしかし、強引すぎるやり方に不満を持ったのも事実。
特に、伝説の3忍である医療のスペシャリストである綱手を慕い敬っていた者達の反発は、抑えるのにも結構な労力が必要だったにも拘らず、だ。
彼らを長期任務や他の里へと売り渡すと見せかけ次々と抹殺をしていった6代目火影に否やを唱えるものは木の葉から居なくなり、そうして。過ちを正せるものが居なくなったこの里は。
もっとも尊うべきものを、何とも無残な人の尊厳も何もかもを奪う様な残酷なる方法で・・・・。

殺した―――





「うああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」








「あ、あ、あ、あああ・・・・・」
ぼろぼろになって、それでも祈るように倒れそうになる体を叱責し、辿り着いた現実にシカマルは、叫ぶ事しかできなかった。
実際には声すら満足に出せない状況で、掠れたような母音しか出せなかったのだが。
辿り着いたその場所は。
シカマルに絶望を齎した。

散々引き釣り回されたのだろう。服は今のシカマルと負けず劣らずに汚れ、裾はぼろぼろ。
太陽の下で輝いた金の髪は血反吐に塗れ。
男にしては白く、華奢なその体は、余すことなく血に濡れて。
その身に宿された九尾の力を持ってしても、追いつかなかったのだろう。至る所に突き立てられた刃物の、痕は。
死して尚突きつけられていたに違いなく。
あらぬ方向を向いている腕や足に、潰された指先の桜貝のような爪は全て剥がされていた。
「ああ・・・あ・・・」
唯一の救いは、その顔を彩るのが安らかな表情であることだけだろう。
「・・・ナル・・・ナルト・・・・」
死者を弔う最低限の事もされずに野晒しに放置されたまま。森に住む妖や動物にでも食われてしまえばよいとばかりの、惨たらしい姿にシカマルは。
そっと手を伸ばし、壊れ物を扱うようにそっとその腕に抱き上げた。
途端に。
ころり、と転がったのは・・・・・。
「・・っナル・・・・・ぅああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
切断された、少年の首――――





今尚も、楽しげに鳴り止まぬお囃子に、人々の笑い声。


祭りだ。

祭りだ。
「ああ、目出度いねえ」

ああ目出度い。
「狐がようやく死んだんだって」

今宵は祭りだ。
「目出度い、目出度い」
さあさ、皆の衆。今宵はみなみな踊り明かそうではないか








 ******





あの祭りから、1年も過ぎた頃。
狐が死んで、木の葉は平和になったと、誰もが言う。
「どうして祟りがあるなんて思ったのかしらね?」
「これならさっさと殺しておけばよかったのに」
そんな会話が笑い話としてされる様になって、少し経ったある日。
町外れに住んでいた、一人の男が精神異常にて自殺したという。
「まあ、どうしたのかしらね?」
「さあ、やもめ男で奥さんに相手されずに寂しかったからじゃない?」
「ふふふ、そうかもしれないわね〜」
それでも人々にとってはやがて風化される事件の一つに過ぎなかったはずだった。


「――っひい!!やめてくれ!!!」

「違う、わしじゃない!!!わしは・・・わしは・・・・」



狐じゃない!!!!!!!!!!!!



「〜〜〜〜〜!!!!っっはあ、はあ・・・・・っ・・」
叫びながら男が目を覚ます。
何時の頃から見るようになった、夢。
それは最初は月に一度だった。気にも留めないでいた、たかが夢。だが、時間を置けばおくほど隔離を狭め、今では毎日見るようになった悪夢が男を苛んでいた。
毎日毎日。続く悪夢は、やがて自身が起きているのか、それとも悪夢の続きを見ているのかさえ判らなくなり。
恐怖に怯える男の耳に聞こえてきたガラスの窓が割れた音。
ぱりーん
壊れたのは、ガラス。―――それとも?
男は、振り返ると、悪夢で汗に濡れた顔に更に恐怖を張り付かせた。




狂った男のその後は、推して知るべし。
誰にも知られず最後の時を迎えた、哀れなる男の死を平和な里は気が付かない。




『まずは一人』




顔のない闇がどこかで笑う。

祭りは、始まったばかりなのだから。








 ******






平和な平和な木の葉の里。
火の国に在りし忍びの隠れ里。
優秀な忍びを生み出せし忍び大国と言わしめる木の葉の里は、「木の葉崩し」の後に有ってもその名を欲しいがままに他の里より抜きん出て、任務達成率も忍びの生還率も高い木の葉の忍びは各大名や他の里からの依頼も多く、順風満面にこれからも発展していくはずだった。

「うああああ〜・・・・・!!!!」

またか、と誰かが眉を寄せる。
何時からか、里には奇病が流行り始めていた。
「違う、違う!!俺じゃない、俺じゃない!!!!助けて!!!!!!」
たすけてくれええ!!!!!!!
泣き喚く男が、家から飛び出してきた。
涙も涎も垂れ流しに身を取り繕うともせずに、叫ぶ。
「ひいい!!来るな!!!!」
飛び出してきたとたんにつまずいた男は這いつくばって、付いた手に砂利を握り、心配して追ってきた家人にそれをぶつける。
「来るな!!!助けて!!!助けてくれえええ!!!!!!」
まるで狂ったように砂利を家人に向けて投付ける男は、本当に狂っているのだろう。
幼子の駄々をこねる姿を連想させるような、哀れな姿を行き交う人々に晒し、家人も疲れ果てたように投げ付けられる砂利を払っては男を宥めるように近寄っていく。
「うあああああ!!!!!!!」
家人に腕をつかまれた男が失禁し、気を失って漸く辺りはしん、と静かになった。
お騒がせしましたと、心労に限界が伺える顔をした妻が、様子を後ろで伺っていた子供たちに手伝ってもらいながら家の中に引き込んで、パタン、と閉められた戸を見て人々の口は動き出す。

「嫌あねえ。」
「旦那さん、しっかりした人だったのにねえ」
「そうそう、あそこの家はお子さんがなったらしいわよ」
「まあ、子供にもなるなんて!!」

ひそひそと井戸端会議をするのは女達が集まれば自然の事。
先ほどの男が見せた異常な姿は、木の葉の里ではもう珍しくもない。
突然叫びだしては怯える精神異常。「違う、違う」と繰り返しては怯え、幻覚を見ては叫ぶという。
幻覚を見ているのではないかと初め医者は行っていたが、月日が経つに連れ悪夢にうなされる者は増えて行き。
誰かが呪いだ、と言い出すには時間は掛らなかった。

「呪いだ!」

「呪いに違いねえ!!!」

化け狐の呪いだ!!!!!!

これに頭を痛くしたのは6代目火影。里の人間からの訴えは日々強くなるばかり。
精神異常を来たす人間が増えるに連れ、狐の呪いだと訴える者達が、呪いを解けと迫る。
「6代目が狐を殺したからだ!!」
「今までの火影の判断が正しかった!!!」
「我々がこんなに苦しんでるのは狐を殺した6代目の所為だ!!!」
「6代目を変えれば呪いが収まるかも!」
「いやいや、6代目が死ねば呪いが消えるんじゃねえか?」
「6代目が死ねば!!!!!!!」
高まる里人の不満に激高したのは当代本人。
「身勝手な!!!!!!」
里人の不満を、解消できるすべを持たない「火影」は、歴代の中でもっとも無能な人間だった。其れもそのはず、彼に出来たのは先導して人心を煽る事だけ。そこそこに上忍としてやってきた彼は、ご意見番のホムラとコハルに見栄えで選ばれた者だから。歴代のように特出した力も、意思も持たない、哀れな傀儡に過ぎなかった。
「誰も彼も狐を殺す事に賛同したくせに、今更グダグダ抜かしやがって!!!」
お前らも同罪だろうが!!!


『まったくだ』


激高する火影に同意したのは誰だったのか。






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