闇宴



聞こえる囃子の音。鳴り響太鼓。
里は皓々と隅々まで照らされ、まるで真昼のように闇夜に輝いていた。
 

祭りだ。
祭りだ。
ああ目出度い。
今宵は祭りだ。
さあさ、皆の衆。今宵はみなみな踊り明かそうではないか







暗闇を駆け抜ける。
シカマルは、一人寄る任務る森を駆けていた。
赴いていた任務地より休むことなく走っている彼は、丸2日休みを取っていない。けれど、彼は不眠不休で走り続けているのである。
ハアハアと忍びにあるまじき荒い呼吸をし、棒のように重い足をそれでも前へ前へと突き進む。
1歩、一歩と重い足を踏み出していたが限界に来ている体がここに来てバランスを崩し、ズシャッと盛大に転んでしまう。
「・・くそっ!!」
泥に塗れながらそのまま起き上がれないと訴える体をそれでも無理矢理起こし、最早感覚のなくなりつつある足を動かす。
「・・・動け・・・!あとちょっとなんだ・・・!!!」
言う事を聞かない体に言い聞かせるように、扱けた時に捻ったらしい足を引きずりながらそれでも前へ。
「動け!・・・くそ、何でこんなに遅くしか動かないんだちきしょう!!!!!」
今のシカマルは先ほど転んだ時についた泥を始め、木の枝や雑草による切り傷が露出した肌に無数に付いている、ぼろぼろの状態だ。一つ一つは小さな怪我だが、これほどになると僅かな怪我とは言い切れまい。しかし彼は己の状態を省みることなく里へと向かっているのだ。

――― 一体何が彼をここまで駆り立てるというのか。

「早く、戻らなねえと!!!早く、早く!!!!!」
言う事聞きやがれ!
すでに彼の足は擦れて血が滲み、タコが潰れて酷い有様となっている。見ただけでも痛々しいその足で、それでも走る。
「・・・無事で居てくれ!!!!!」
食いしばりながら、それでも走るシカマルの口から無意識に口にされた言葉は、無意識に発せられたのか。
ただただ彼は。唯一愛しく想う者を思って闇夜を駆け抜けてゆくのだった―――







 ******






木の葉の里は5代目火影によって木の葉崩しの傷痕も完全にとは行かないがほぼ修復を終えようとしていた。
目に見えて安穏としてきた里に、けれど不穏な動きをするものは絶えず。それでも5代目火影である綱手姫の采配が功をなし、穏やかな日々がこれからも続くはずだった。
突如、里の過激派に制圧されるまでは。
それからというものの、怒涛のように里が揺れた。否。里人の暮らしに変化は訪れてはいない。劇的に変わったのは忍び達の体制だ。
過激派が占めた里の中枢部は。
ここぞとばかりに・・・・里を脅かす化け狐の排除を声高に叫んだのだ。――むしろその為にこんな大それた事を仕出かしたのかもしれない。
あれよあれよという間に綱手はいずれかへ追いやられ、過激派を名乗る一派の中から6代目火影が就任し、そして。
うずまきナルトと関わりある者達・・いずれも好意を持っていると判断された者達は挙って木の葉より遠い各地へ上忍下忍関係なく飛ばされたのだった。


『前火影らの狐に対する処置は甘い。我々は何時までこの苦しみに耐えねばならぬのか。何故、彼奴めを生かしておかねばならぬのか!里を第一と考えてこその火影ではないのか?』
『そうだそうだ!!!』
『その通りだ!!!』
『6代目火影として、私は宣言する!!長らく我等を苦しめていた化け狐の排斥を!!!!!!!!』
『ぅオオおおおーーーーーー!!!!!!』
『6代目火影様万歳!!』
『万歳!!!!!!!!!!!』


そこには、どうして、とも。
何故、とも。
誰が、とも。
疑問に思う声はなかった。
狐とは、誰を指しているかなんて。14年前の―木の葉に住む、14歳以上の者達にとっては忘れもしない、忘れることなぞ出来ない―惨劇を体験した者達は、当時幼子であった者達を除き誰一人として、知らぬ者など今更過ぎて。
居やしない。
それでも、保守派の―封印が解けてしまったら、と怯える者達の声さえも押さえ込んで、6代目と名乗る男を中心に里は声高々に。口々に狐の排除を唱え白熱し、狂気さえ孕んで木の葉の里は。
木の葉に住む全てが。


たった一人の子供を殺そうと。



今尚も、里を守り続ける英雄を抹殺せんと。


狂気に満ちた思考が渦となり、尊き金色の子供に襲いかかろうと牙を剥いたのだった―――







 ******









遠くから、囃子の音が聞こえる。
ざざ、と揺れる木の葉に紛れ聞こえてくる音に眉を顰める。
それは木の葉の里に近付くに連れ、大きくなり。
楽しげに奏でられる大太鼓小太鼓の音が横笛と鐘の音と共に辺りに響き渡り。
遠目にも判るほど煌々と燃え盛る松明がまるで昼間のように里を照らし出して。


祭りだ祭りだ。

ああ、目出度たや。

今宵は皆々、踊り明かそうではないか。



里の外れまでも祝いに酔いしれる声が、聞こえて来る。
やっとの思いで辿り着いた木の葉の里。
「・・はあ、はあ、はあ・・・」
息も途切れ途切れに、限界をとうに超えた体が倒れそうになるのを堪え、門の前で今の状況を検分する。
至る所に付けられた松明に、鳴り止まないお囃子。
これが忍びの里だなどとよく言えたものだと思えるほど、里全体の浮かれきった様子に、漸く辿りついたシカマルは。
ヒシヒシと感じている嫌な予感が、否。予感などではない、考えたくもない現実が自分を待ち受けているのだと。
それでも否定したくて、石のように重たい体を動かし、里の中心で行われているのだろう祭りの場所へと向かう。

ゆらり、ゆらりと。
影が動くように、ちらほらと見え始めた祭りに浮かれた人々ですらぎょっとする程ぼろぼろになったシカマルはそれでも確かめる為に、僅かな可能性に・・・限りなく無に近いそれに縋る為に、歩く。

1歩、1歩と踏み出す間にも鳴り止まぬお囃子。
時折上がる歓声は、喜びに満ちて。

ずるずると、体を引きずるように歩く少年を目にしたものは僅かに顔を顰めるものの、それでも。長年の苦しみから逃れた喜びからか、祭りに夢中で。
少年が、小さく紡いでいる名前にも気が付かない。





悲しみの果てに連なるその先を――――




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