After rain


しとしと。
天から降り注ぐ、小さな雫の大地に流れ行く音が、静かな部屋にも優しく響く。
障子から漏れる薄明かりは、灯火のない部屋を見渡せる程度に明るく、水の流れる音と相俟って気だるささえも覚えるほどに心地よい。
―このままだらりと寝そべって、瞼を閉じれば穏やかな眠りが訪れるだろうか。
ふと過った考えに薄く笑う。
ナルトは一人、正座をしながら場に佇む。
誰もが忍びにあるまじきオレンジ色の服を着た煩いほど活発な子供を思い浮かべるだろう、うずまきナルトは、ただ、静かに目を閉じてそこに居た。
いつもは妙な口癖で話し、よく怒られているナルト。なのに、真っ白な着物を着て正座をしている所為か。それともこの、静謐が成せる業か。別人のように見える。
よく見れば、ナルトの居る座敷の窓には全て格子が嵌め込んであり、その細い首には頑丈な作りの首輪が、人の力で断ち切るのは一見して無理と思えるほど太い鎖が長々と繋がっている。

どうして、と問う声はなかった。

ただ静かに。
このときが来るのをナルトは知っていたから、静かに受け入れた。

しとしと、しとしと。
降りしきる雨はこんな時さえ心地良い。薄暗い部屋は眩しすぎる世界よりもナルトは歓迎した。やがて訪れる暗闇は、たった一つ、離れがたい者の色を思い出させてくれるから、怖くもなかった。
ここに、幽閉されてからずっと、まるで銅像のように動かず、ナルトはただ、佇む日々を過ごしていた。


ガシャン、と音がして初めてナルトは少しだけ反応する。餌の時間かと。
一日2回。決まった時間に食事は出る。しかし、どれもが当たり前に毒が入っており、それでも食べなければ幾ら妖弧が腹に居るとはいえ餓死してしまうから、毒に慣れた体で食べて些少はなさそうなものを食べる。何とかそれでも生きているけれど、強い毒に麻痺しているのかもう、味はおろか何も感じなくなっていた。
幽閉されてどれ程の月日がたったのだろう。
最後の挨拶をすることもなく、奪われるように押し込められて。
閉じ込められた場所は火影の、せめても温情だと聞いても分厚い鉄格子の向こう、なにも思うことはなかった。
朽ちゆくまで出ることは許されぬと、ナルトはここに封印されたのだから。

「よう」

だから、また、この声を聞くとは思っても居なかった。
「シカ・・マル・・・?」
驚きに目を見張れば、そこに軽く片手を上げて立つかつての仲間の姿を見た。

「急に姿を消したと思ってりゃ、こんなところに居やがったのかよ」
まるで3日程度逢ってなかったくらいの軽さで、シカマルが座敷によっこらしょと腰掛けながら声を掛ける。
「ああ、結構居心地悪くないぜ?」
「そうかよ。そりゃ何よりで」
スムーズに声が出るのが不思議だった。ここに閉じ込められてから少なくとも2年は経過しているはずだ。変化の術で姿を誤魔化していないシカマルの成長した姿を見て確認する。
「ますますシカクさんに似てきたな」
「言うな、ボケ」
相変わらず父親に似ているといわれるのが面白くないらしいシカマルにナルトは笑う。そんなナルトをじっと見つめたシカマルは、それで、と繋げる。
「いつまでここにいるつもりだ?」
まさか本当に死ぬまで居る気じゃねーだろうな?
問いかけるシカマルの眼は、真っ直ぐにナルトを見つめて。全てを見透かさんばかりにナルトの答えを待つ。
「里を、見捨てることは出来ない」
「進歩しねー奴だな。こんな閉じ込められて、体をぼろぼろにされて尚、この里を思うのか」
記憶にあるよりずっと、やせ細った身体には大妖の治癒力を持って尚癒されぬ無数の打撲や鬱血のあとがありありと残って、袖から見える腕からにも太陽に曝されることのない肌は病的な程青白くなっているのが見て取れた。
「この里こそが俺の全て。あの方が愛した場所だから」
静かに、言い切るナルトにシカマルは先程まで見せていた変わらぬ態度を一変する。
「こんの、超馬鹿が!」
昔、何度も問答したままに変わらぬナルトの胸倉を掴んでいきり立つ。
「暗部ナンバーワンの地位も何もかもかなぐり捨てて、選んだのがこれか!!お前を思う人間さえも・・・・3代目の願いさえお前は見なかったことにしてこんなところで朽ちるというのか!!!」
ふざけるな、とシカマルはぎりぎりまで動じない青に近付いて言う。
「告った途端姿消しやがって、それほど嫌だったのかと思って仕事に専念してりゃ、器ごと封印されただと?!」
俺がどんなにお前を想っているのか知りもしないで!お前を大切に想っている奴らがどんな思いでお前の行方を捜していたか解かりもしないで!!
「お前は!!お前を大切に想う奴の為じゃなく、ないがしろにする奴らを選んでこんなところで一生を終えるだと?馬鹿にするな!!!!」
一気に怒気をナルトにぶつけると、今度は哀願するように抱きしめた。
「俺の気持ちはこの際無視してくれたっていい、だけど、あいつ等の・・・お前を大切に想う奴らの気持ちをないがしろにしないでくれ・・・」
「シカマル・・・」
ぎゅっと、けれど大切なものをそっと抱きしめるような強さで抱きしめられて、ナルトはうろたえる。
だって、今まで抱きしめてくれたのはたった一人だけで。その人の温もりだけがナルトを生かしてきた。その人が望むならば生贄であろうとなんだろうと良かったのに。
この、優しい腕の中の心地良さは何だ。
「シカ・・・」
抱きしめる背中に、そっと腕を回そうかどうかと言うときだった。

「・・っち!もう来やがったか!!」
「シカマル?」
しとしとと柔らかな雨音に混じってガタガタと何かが揉み合う音が聞こえてくる。―これは、何か術が発動している音なのか。外の様子が騒がしかった。
「取り合えず説明は後だ。が、返事は聞きたい」
抱きしめられた形から両肩を掴まれ、離れた距離が寂しいと、場違いに思うナルトにシカマルは問う。
「お前は、このままここに居たいのか」
閉じ込められたまま、終わるのか。
真っ直ぐ向けられる黒耀の瞳がナルトを貫く。
「俺は・・・」
迫り来る騒音、懐かしい、声。
巡る思いは皺くちゃの手のひら。
黄金に縁取られた瞼を一度閉じて、ナルトは真っ直ぐに向けられた瞳を見返す。
――もしかしたら、再び封印されることを選んでしまうかもしれないけれど。
今は。
「一緒に、行く!」
そう答えたナルトにシカマルは泣きそうな顔を一瞬浮かべ、ついですぐ仲間でも滅多に拝めない満面の笑みを浮かべた。
「遅れるなよ!!」
「誰に、モノを言ってる!!!」
ずっと動くことすらしなかった身だけれど、覚えてる。
「よっしゃ、じゃああいつ等に暗部ナンバーワンの実力見せてやってくれよ?」
「上等!!」
ブランクに軋む身体だったけれど、かつての相棒を目の前に走り出す。
己を想う人たちの下へ。
再び、太陽の当たる場所へと。


いつの間にか、降りしきる雨は止んでいた――――




終わり

2007.05.06 あとがきみたいなもの

前にもどこかで書いたような?と思いつつ雨の日にはやっぱりこんな話が浮かびます。