春―それは草木が芽吹きだす季節。
いいや、草木だけではない、人も、動物も皆、新たなる始まりを迎える季節―――
ここで溜息を付いている少年、奈良シカマルにも例外なく春は訪れたのだ。
春の朗らかな光が差し込む中庭の、入学早々見つけた絶好の隠れ昼寝ポイントでシカマルは、大好きな昼寝をするどころか盛大な溜息を吐いていた。
それはアカデミーに入学する前に訪れた。そして数日が経ってからもう一度。
自身にはそんなことが起こりうるはずがないと、心のどこかで思っていた。いや、知っていたのに。
よもやまさか。
そんな言葉しか浮かばないくらい、この数日シカマルは普段にも増してぼんやりしていて。幼馴染のチョージやイノを心配させてしまうほどボーっとどこかおぼつかない足取りで過ごしていた。
原因はたった一つ。
あの、花びら舞い散る桜の下で、出会った黄金に。
一目で恋に落ちてしまった。
あの日を思い出すだけで、込み上げてくる衝撃にシカマルは頭を覆いたくなる。
里の外れの森に奈良家所有の土地があり、そこには里人には知られていない桜を愛でるには絶好の穴場があった。そこへ鹿の放牧を終えたシカマルがそういえば桜、見ごろだよな、と足を向けた。
向けたその先で。
息を呑むほどの衝撃がシカマルを襲った。
それはまるで世界から切り放たれた様に、音のない世界だった。
ただ、満開の桜の木の下から、静かに花々を見上げるその姿に。
呼吸を忘れ魅入ってしまった。
ただ、目の前にある触れたらたちまち壊れそうな光景に、息を呑むことしか出来ずにいた―――
あの日から、忘れられなかった黄金の光は。
数日過ぎに迎えたアカデミー入学式で。
信じられない再会を、した。
「ありえねー・・・」
それは自身に対してか、再会についてか。それとも。
あの、桜の下。儚げに煌く黄金を纏い桜を見上げる一人の少年と。
アカデミー切っての問題児が同一人物だ何て。
それでも、気持ちが萎えないなんて。
―シカマルに訪れた春は、少しばかり前途多難のようだった。