かり、と一口。シカマルは試しに噛付いて、甘い、としかめっ面で文句を一つ零した。
ぐ〜らぐ〜らと煮込んではごぽりごぽりとマグマを連想させるように気泡を孕んで吹き上がる鍋の中。
弱火で加熱しているものだから少しばかり間抜けのような音がしなくもないのだけれど。作るものの完成予測図を思い描き、口端を上げる。
色々悩んだのだけれど。
――キモチは本物だから。
受け取って欲しいと願いながら作る、目の前のものに、焦げないように慌てて掻き混ぜて。
受け取ってくれる妄想と、拒否された時の絶望を思い描く。
ぐらぐらぐらぐら。
まるで鍋の中のようだと思う。
色んな想いが煮たぎり、膨張して零れていきそうだ。
読んだ本の通りの手順に沿ってテキパキと作業を進め、生クリームとゼラチンを溶かし込んだソレを容器に移し、冷蔵庫にしまう。
冷えたのならばホイップクリームとフルーツで飾り付けを施すだけ。そしたら完成だ。
普段はやる気の欠片も見受けられないシカマルだったが、完成を間近にしたカップを見てやり遂げたとばかりに満足げに笑った。
決戦は明日。
今日がたまたま休日で良かった。・・・でなければこんな行動に移そうとも思わなかったから。
本当ならば相手から貰えたのならば良いのだけれど。
―期待するほうが酷ってもんだろ。
いい訳じみたことを理由に、自ら動いた。
理由も動機もこの時期ならば誰もが思い至る。否、シカマルはイノたちの話を聞くまでさっぱりそんな行事があるとは思い出しもしなかったけれど。
何の為にシカマルが調理台の前に立って作業しているのかと問えば。
2月14日。
といえば解るだろう。そう、所謂バレンタインデー、だ。
サクラに負けない、と意気込んで手作りケーキを渡すのだと燃えていたイノに、おすそ分け頂戴ね、とお菓子を片手にチョウジが言う。シカマルが胡乱気にチョウジを見れば、教えてくれた。今度の水曜日はバレンタインデーでしょ、と。沢山チョコレート食べれるかな?期待に胸弾ませるお菓子好きの幼馴染の声はどこか遠く。
一瞬にしてシカマルの脳裏を過った内緒の恋人の姿。
バレンタインチョコ・・・なんて貰えるかどうか。そもそもアイツが知っているか否かが問題だよな。
時に性悪で、時に天然だと思う相手にシカマルはいつも翻弄される。
パターンを描くなんて馬鹿らしいほど。定義なんて当てはまらない、彼。いつだって予測不可能の。愛しい恋人は、そういった行事には酷く疎いと知ったのはつい最近。クリスマスを知らなかった彼だから、バレンタインデーなぞもっと知らないに違いない。
そう思って、出来れば受け取りたいと思いつつも渡すことを決意して、今に到る。
意味も知らないのに渡しても、とか知らないのならば教えてやれば良いとか、なんだとか。想像だけは逞しく、予測も確立も無駄に回転してくれる脳みそが忙しなく動くけれど。
程よく冷えたそれに、手先が器用で意外に繊細にホイップを絞って。
描いたのはどんな未来か。
シカマルは取り合えず。
忙しい恋人との連絡を取ることをうっかり忘れていることに気が付いていなかった。