幸福の風邪

あ〜クソ、ついてね〜。

熱にぼやけた視界で、シカマルは思う。
横になって窓の外を見れば、ちらついている白いモノ。取り留めなく後から後から舞い降りるそれに、寒気を感じてもぞもぞと布団の中で丸くなる。
げほ、と咳を何度か繰り返す。
乾燥に荒れる喉が痛い。熱を持った思考が、自身でさえ冷静になれば馬鹿みたいに思うことをぐるぐると巡っていて。・・・というより世界が回っている。
これはそう、完全に風邪を引いている症状だ。
外をぼんやりと見ていたものの、止む気配のないそれに気持ち悪くなってシカマルは舞い散る雪を視界からシャットアウトした。

こうなった原因は、昨日の下忍の任務の所為だ。

―クソ寒い中、失せ物探しをさせられたのだ。寒空の下、延々8時間ほど。
いつも思うのだが、下忍の任務ほどくだらない雑用が多い挙句肉体労働だよな。つか、忍びがすることじゃねー。
やらせられた任務内容に、頭の中で愚痴を吐く。
体調管理が甘い、とからかわれようとも、誰だって8時間もノンストップで暖を取る事無く外にいれば体調の一つや二つ崩すだろうに。いや、崩さない奴はいない。あのチョウジでさえ任務終了時には通常よりもお菓子を食べる量が落ちていたというのに。
朝っぱらから突撃してきたイノの元気さを思い出し、うんざりする。

「聞いたわよー。風邪引いたんだって?なっさけないわね〜!そんな風邪、さっさと治しなさーい!!」
このか弱いイノちゃんでさえ引いてないのになんであんた達が風邪引いちゃうのよー!!!

何故アイツはあんなに元気なんだ。
幼馴染二人がダウンした8班は、やもなく本日休業で。一人元気溌剌なイノが突然の休みに喜びと、情けない男達の姿を心配・・・というより馬鹿にしに朝一番から顔を見せたのだ。

具合の悪い人間に、あのテンションはきついぜ。

今朝見たイノの姿を思い出し、シカマルは溜息を付いた。まあ、本当は心から心配していると解っていて。それでもつい、悪態をついてしまうのは生まれてきて今までの付き合いの長さからの親しみとシカマルの性格からだろう。
そして、見舞いに来てくれたイノを思い出した途端、浮かべたのは。

 
逢いたいと思う大切な人の面影。 


イノよりも―鮮やかな金色の髪。鮮烈な青き瞳。
しなやかな細い身体で、闇に紛れるように駆け抜ける・・・。
表の、馬鹿みたいに太陽のように輝く笑顔より、闇に儚く強く、皮肉に笑うその顔にどうして惹かれずにいられようか。
血塗られた暗部服に身を包んだその姿を思い描き、熱に魘されながらもシカマルは無意識に微笑む。
けれど、逢えない切なさに風邪とは違った胸の痛みが疼く。

―どうせなら、アイツに見舞って欲しかった。

そう、思っても仕方がないのではないのだろうか。
病の時は人恋しい。
好いたものがいるなら尚更、求めてしまうのは何も、どっぷりと相手を欲しているシカマルだけではないはずだ。
息苦しさに、頭から被っていた布団から顔を出し、水欲しさにうっすら目を開ければ。
「―・・・・っ!!!!」
驚きに、掠れた声がさらに乾いた声を出した。
逢いたいと、望んだ相手が何せ目の前にいたのだから驚くのも無理はない。
驚きに目を見張るシカマルの、視界に飛び込んできたのは、そう、暗部服に身を包んだ「うずまきナルト」。

下忍になった今でさえどべと呼ばれる少年が、何故暗部服に身を包んでいるのか。
それは里の禁忌であり、里の残酷な真実が、彼の本来の姿を隠す理由に繋がっているのだ。
偶然にも知りえたシカマルの、彼の素顔に逢えた事が最大の僥倖だと思わずにはいられない。偶然とはいえ、秘密を知ったシカマルが抹消されてもおかしくはなかったあの状況下で、信頼されたことが何より嬉しかった。
いつだって忘れはしないあの時の衝撃と、初めて出会った鮮烈な青。
表の太陽の笑みに感じていた違和感が払拭され、一目見た途端、納得すると同時に強く惹かれた―

「・・・大丈夫か」

鮮烈ブルーが布団に包まっているシカマルを覗き込んで言う。
これは夢か幻か。
心配そうに、いや、見舞いに来てくれたことを奇蹟に思う。だって、素の彼は、表で見せる人懐こい太陽のような人間などではなく。冷徹に、人間観察が出来るほど、血に濡れることも厭わない、孤高に輝く冷たい月の様な人だから。
あれ以来何かと構うようになった・・・悪友の振りをして一緒にいる振りをして、その実付き纏っていると思われていると思う・・・シカマルを、見舞うくれるとは思ってなかったのだ。

やばい、うっかり幸せで泣きそうだ。

熱があるときは心が脆くなる。
「苦しいのか?」
反応できないでいるシカマルをナルトは誤解してくれたらしい。
「・・・・・っ、」
そっと掌をシカマルの額に当てて熱を測ってきた。
「熱はまだ高いようだな。・・・・喉が渇いてるのか?」
しきりに喉を詰まらせるシカマルを、やっぱり誤解・・いや、病人相手には誰も同じ反応を見せるのではなかろうか。
熱に(と幸せに)潤んだ目で、シカマルは今の状況を噛締める。
いつの間に入ってきたのかとか、こんな時間から暗部姿っておかしくないか、とか。頭の中で冷静な部分は問いたい気分でいっぱいなのだが、今はそんなことはどうでも良かった。ただ、ナルトが見舞いに来てくれたことでも幸せいっぱい、胸いっぱいなのだ。その上、看病されてるっぽい。
いつだって冷静な自分を認識している部分でさえ、熱に浮かされてきたシカマルはナルトの問いに無意識に頷いていて。
それを見たナルトが水差しからコップに水を注ぐと、シカマルとの距離を詰めた。

「?!!」

何故か水を口にしたナルトを不思議に思って見れば、何と、横になっているシカマルに、口移しで水を含ませてきたのだ。
ナルトがここに来た時よりも遥かに驚いた形相で見つめれば、ナルトは「もっと飲むか」と何でもないことのように問うて来た。
嚥下した水に、乾燥を思い出した喉がもっとと強請らせる。
信じられない気持ちで、それでも頷けば、再びナルトの顔が近付いてきた。

「・・・・・っ・・・・」
流れてくる、冷たい水。
合わされた、唇もひんやりと冷たく気持ち良くて。

もう駄目だ。

幸せに死んでしまうかもしれないと、思ったシカマルをやっぱり誤解したままのナルトが言う。
「これで俺に移れば幸運だな。ま、精々自己管理に気をつけろよ」
じゃあな、と余韻に浸るシカマルとは裏腹に、颯爽と姿を消したナルトに咄嗟に口にする。
「お前が風邪引いたら今度は俺が貰ってやるっつの!」
掠れた、しかし先程よりは喉が潤ったお陰で出るようになった声で言えば、どこかで笑った声が聞こえた気がした。


後に、この時咄嗟に押し倒せばよかった!と後悔するも、それは元気になったお陰だろう。
風邪を引いて最悪だった。
けれど、風邪を引くのも悪くない、とすでに潤いが切れた乾涸びた喉を感じつつ、先程までは最悪だった気分はどこへやら。幸せな気分で眠りに付くシカマルの姿があった。



2007.01.14

あとがきもどきはBLOGにて。