灰色に覆われた空の下、吐く息は白く指先は寒さに悴む。
こんな寒空の下、暖かい部屋で布団に包まっていたいと思うけれど、約束していたことがあり、其れを優先するのは当たり前・・・というより以前から楽しみにしていたのは此方の方。常ならば寝るここそとが最優先の男にしては珍しく、木の葉の里の、禁忌の森近くで凍える手を防寒着のポケットに突っ込んで、マフラーに顔を埋めるように肩をすぼめて寒さに耐えている。
―約束の時間まであと僅か。
相手の姿が未だ見えぬ中、道端に馬鹿みたいに突っ立っているシカマルは寒さに震えながらもじっと待つ。
赤くなった鼻先を見つめながら、思うのは相手の事。
それは偶然だった。
奈良家が所有する鹿を飼っている麓からの帰り道で、いつもは感じることのない鉄錆び臭い―大量の血液が流れた後のような臭いが鼻腔を擽った。
当然ながら、訝しく思うだろう。シカマルも例に漏れず、然ることながら旧家の一つである奈良家の飼っている鹿達は、奈良家―勿論シカマルも含めだ、手塩を掛けて育てている為に1頭一頭の質も良く、最も価値あるその角は、万病に効くと言う薬を調合するのにも用いられるという貴重品だ。
その為に、過去現在奈良家の鹿を狙う不届きなものも少なくはない。だからシカマルは鹿泥棒が鹿を誤まって殺してしまったのではないかと思ったのだ。・・・勿論、清流な空気の中漂う血の匂いが人間のものである可能性も、少なくはないと視野に入れて、だ。
濃く漂ってくる血の臭いを辿りながら、臭いの元へと慎重に足を進める。
まさか、気配を隠していないシカマルの、気配を読めない暗部なぞいないよな、と思いながら。
最悪、どこか他の里の襲来に自里の暗部とが繰り広げる戦闘中で、どちらかが傷を背負って・・・・とかいうオチじゃないよな?
シカマルが一般人の振りをしながらもそこにあるべく気配をどうにか探りながら近付いていく。が、どうやら懸念した戦闘中だとかではないらしい。
そこに気配は感じられないけれど・・・もしかしたら本当に鹿が殺されて放置されているのかもしれないと思い、一気に目の前に迫る草むらを掻き分けて臭いがする場所に躍り出た。
そして、シカマルが目にしたものは。
「?!!!!」
鋭い三白眼をこれでもかと見開いて驚いた。
自分はもっと、冷静だと思っていたのだが。シカマルの目前に広がる光景に、どこか冷静に現場検証している脳みその一部を残して驚愕した。
何故ならば。
濃く血の鉄臭い匂いが漂う中心に倒れていたのは、同期の、どべで有名な。シカマルの悪友である、うずまきナルトの姿があったからだ―――
しかも、ただ倒れているわけではない。
血の池という表現にふさわしい程夥しい血に塗れ、木の葉の暗部服に身を包んだ、「万年どべ」のナルトの姿があったからだ。いくら意外性NO,1であろうともまさか本当に暗部であるわけが・・・と考えてはっとする。
そんなことより今は、手当てが先だ。
全身を切り刻まれたように傷を負った剥き出しの肌に付いている無数の赤い筋。そこから流れているであろう血が作った池にナルトはぐったりと横たわっているのだから。
シカマルが慌てて膝を付き、傷の具合を確認しようと手を伸ばした時。
それまで、ぐったりと目を閉じていたナルトの目が、ぱちり、と開いた――――
あれから、ひと悶着があり、紆余曲折の末に繋がりが出来、本来のナルトを知れば知るほどシカマルはナルトに惹かれ。その後も何だかんだとオフで逢う約束を強引に・・・初めて取り付けたのだが。
・・・・取り付けれたのは良いが、本当に来てくれるかどうか・・・・。
それは表のアイツならば、来てくれる確立は高い。しかし、シカマルが幸運にも知りえた裏の顔の、表とは全く違った面を見せるアイツは、来てくれる確立はフィフティ・フィフティ。―つまり、確証は出来ない。
そんな考えに辿りついている自分に、自分で顔を顰める。
(いや、あいつは約束を破るような奴じゃネエ!)
強く否定して思う、相手の特筆している部分に、やっぱり溜息を止められそうになくて。
”意外性NO1”、どんな予測さえ裏切ってくれるナルトの、行動をシカマルの脳を持ってさえ時に予測できずに、それでも千の予測も万の見通しも効かないからこその行動にいつも目を惹かれてしまうのだけれど。その最もたる素のナルトにはもう、目を惹かれるなんて可愛らしいものではなくなってしまったのだが。
すっかりナルトに心奪われたシカマルは、ちらりと腕に嵌めた時計を見遣る。
約束時間を違えた事のない、しかも必ず10分前には場所に居るナルトが3分前にしても見当たらない。その原因を、むやみやたらに無駄に動くこの脳みそは回転するだけ回転したくせに、幾千を予測検討するも未だに謎が多いナルトの、取るだろう行動でさえパターンが読めていないものだから。
いい加減嫌になってしまっても無理なかろう。
それでも寒空の下に散らした吐息は何度目なのか。数えるのがめんどくさくなってもシカマルはそれでも白い溜息を付きつつ、約束の・・・姿を見るのが待ち遠しい・・・相手―ナルトを待つのだった。
終わり