大好きだよ、誰よりも・・・
「おめでとう!」
「おめでとう」
仲間達の祝福の声が次々と上がる。
それぞれに笑顔を浮かべる仲間たちが円陣を書くように取り囲む中心には一組の男女。
まだどこか幼さを残しているうら年若き彼らは、将来確実にこの木の葉の里の中枢を担うであろう実力を備えた期待の新人でもある。
男の名は奈良シカマル。女の名は山中イノ。
旧家の跡取りであり、幼馴染の間柄であった2人がこの日、仲間達に祝福されながら婚約した。結婚はいま少し年齢を重ねてからとのお互いと家族との相談の結果なのだが、とは言ってもすでに秒読みの状態である。イノの父であるイノイチと、シカマルの父であるシカクは発覚した子供達の仲にそれはそれはもう喜んで。今日はもう一人の幼馴染の父であるチョウザを交え、奈良家では大々的に婚約祝いと称した飲み会を繰り広げて妻達に呆れられつつもその妻達も目出度き席に目尻を下げている。
そんな奈良家を脱出して秋道家へ避難してきた2人は今度は仲間達の祝福に揉みくちゃにされる羽目となったのだ。
「イノ、おめでとう!」
「シカマル、顔緩んでるぜ〜」
「イ・・イノちゃんこれ・・お祝いに・・・」
「・・・うむ。目出度い・・・・」
「祝いの品だ」
次々に掛けられる言葉や送られる品物たちを持ちきれないとばかりに両手に抱えイノが嬉しげに頬を染め、シカマルがいつものダルそうな顔ながらもイノの荷物をひったくる様に抱え込む様を見て、仲間達は実感する。この2人が、本当に恋人同士なのだと。
「あんた達、本当に付き合ってるのね〜」
「な、なによー?!」
「シカマルってば案外優しいんじゃない?良い旦那になるわよ〜」
「サクラっ!」
「う・・うん。シカマル君さっきイノちゃんが持ってた荷物さりげなく持ったりしてね・・優しい目してた・・・」
「ヒナタまで!からかわないでよ、もうー」
「おお、やっさしいんじゃね?シカマル〜!!」
「うっせー」
「うむ。良い雰囲気だった」
「シノまで・・・」
わいわいと女性メンバーはイノを、男性メンバーはシカマルをからかう中で、秋道家の長男で親友でもあるチョウジの姿が欠けていることにシカマルが気付く。
「あれ?チョウジは?」
「あら?そういえばどこいっちゃったのかしら?」
鐘を打てば答えるその姿に仲間が囃し立てながら皆も首を傾げる。
「お菓子でも取りに行ったんじゃねーの?」
「そういえばナルトの姿も見えないよね?」
「っていうよりナルト、来てなくない?!」
騒ぎ始めた仲間達に、気付かれないように舌打ちしたのは誰なのか。
「シカマルー!イノー!!おっめでとーってばよー!!!!」
タイミングを見計らうように、く庭の入り口の方から元気良く聞こえてくる声があった。
聞き覚えのあるその声に、騒いでいたメンバーが一斉に振り向くと、そこにはぶんぶんと手を振り回して騒ぐナルトと、隣でお菓子を頬張るチョウジの姿。
どうやらチョウジは―予備のお菓子を取りに行ったついでにバッティングしたのだろう―ナルトを迎えにいっていたようだ。姿が見えないと思ったら遅れてきたらしいとの事にメンバーが納得したところで再びシカマルとイノを祝福という名のからかいに仲間達が盛り上がる中、先ほどの元気はどこへやら。振り回していた手をもう片方の手同様に、プレゼントと思しき包みを大事そうに抱えてゆっくりと仲間に囲まれるシカマルたちの所へ向かう。
「・・・大丈夫?」
チョウジが視線で問えば、ナルトは解らない程度に頷いた。
さり気ない仕種で交わされた二人の会話。
例え、誰かに見られていようとも不自然を感じない言外の問いかけを知りえたのは誰もいない。
陰話さえ用いられずに交わす慣れた仕種は、まるで長年連れ添った様。それは決して間違いではなく。・・・事実を知るものは、すでに亡く。
ナルトとチョウジ。
器と秋道の跡取り。この二人の接点は学友・同期というだけ。
だが、三代目火影死後、―今では二人だけの秘密となった事がある―
庭の入り口から、仲間達の下への僅かな距離。
その、僅かな距離を埋めるために歩き出すことがこんなにも困難だと、どうして、誰が思うだろう。
ずきずきと痛む心臓を取り出せばいっそ楽になれるのか?
取り留めのないことが思考を過る度、初々しいカップルとの距離は狭まっていく。
ざり、と足元の土が、カウントダウンを始めるように僅かな音を立てた。
「おめでとうってばよ!二人とも!!!!!」
にっかりと、太陽のような満面の笑みで笑ったのは誰?
「おめでとう。イノ、シカマル・・・・」
いつものようにお菓子を片手に、変わらない笑みを浮かべたのは。
「「ありがとう」」
微笑む彼女と彼に、胸を痛めたのは、だれ―――。
少しばかり日にちは遡る。
それはシカマルとイノの婚約発表前、ごく親しいものだけに婚約すると知らされた夜だった。
「ぐああああああああ!!!!」
断末魔の叫びを上げ、一人の忍びが朽ちた。
見れば、あたり一面地獄絵図にも等しき夥しい血と、あちこちから立ち上る硝煙。
焼けた一面の大地に死が満ちて。
何も知らない一般人が見れば卒倒しそうな光景も、彼らにとっては日常茶飯事。
むしろ、今夜はすべてを理解する前に行き途絶えられた幸せを、一瞬で屠られたモノ達は知らない。
彼らとの、恐るべき実力の差を。
絶望を、いつだって彼らと敵対するものは味わって逝く。
木の葉の、”見えない魔物”
その名が、火の国を含め近隣に轟き知れ渡っているのは最早、忍びの世界では常識。
いつの頃から現れた、木の葉を守る最強の忍。
いや、事実忍なのかも解らない、名を、姿を、それがたった一人の仕業なのかどうかさえ、誰も知る由もなく。
ただ、居なくなった事実と木の葉の忍びだけが生き残ることと照らし合わせ面白がっているだけなのかもしれない。
けれど噂とは面白いもので、名も姿も見えぬものに名付けるのだ。
”見えない魔物"と―
くすり、と誰も居なくなった場所で誰かが嗤った。
「ふふ・・・あは、ははは!」
ゆらりと、立ち上る煙の陽炎にまぎれて一人の姿が見えた。
それをきっかけにするように、もう一つの影が、どこからともなく現れる。
すべてが平伏した大地の上に、立つのは二つ。
全身を二つの影は同じように黒一色で覆っていたが、きらりと一筋の月明かりが差し込んだとき、わずかに見えた木の葉の印からどうやら二人が木の葉の忍と窺えた。
「あははは・・・・ははは・・・・・」
「護火<コカ>・・・・」
乾いた嗤いをが虚しいと、声を落として黙り込んだコカと呼んだ積年の相棒に、和火<ワカ>が寄り添う様に傍に降り立つ。
黒髪黒曜の木の葉の暗部の衣装を纏った二人の細身の青年の姿。しかし、護火と呼ばれた青年は、長く、腰まで届きそうな長さの見事な黒髪を自由に風に靡かせ、男にしては色白の顎をつんと上向けて睨むように月を見上げていた。和火と呼ばれた青年は護火とは反対に短くざんばらに刈上げたような長さの髪型で。とても残忍と噂される忍びと言う名に似つかわしくないほど優しい光を灯した瞳を護火に向けている。――彼の、今の心情を和火も解らなくはないから・・・・。
「・・・・どうして、俺じゃ駄目だったのかな?」
「どうして・・・」
「どうして二人を祝ってやれないんだ!!!!」
ザンッ!!
月明かりも届かない木陰で、血吹きが飛んだ。
どうやら先程逃れたものがいたようだ。が、ちらりとも視線をくべる事無くただただ、月明かりの下で嘆く。
「こんなだから・・・友達を祝ってやることも出来ないからシカマルは・・・」
「護火・・ナルト・・・・」
「イノを選んで当たり前だ。イノはハチャメチャなとこあるけど優しいし、何より女だし・・・」
「ナルト・・・・!」
驚くべきことに、最強の忍びと謳われしモノを同じく片割れがナルトと呼んだ。
あの、ぐずでどべで忍びのセンスなど皆無に等しき木の葉の忌み子の名を・・・。
しかし、ここにその名を聞いて反応するものは皆無。すでに屠った者達は灰に帰した後の血塗られた大地がただ、二人の会話を漏れ聞くのみ。
ナルトと呼んだ和火は、項垂れる彼をその絞られた黒ずくめの細身にそっと抱き寄せる。
「そんなに自分を卑下しないで・・・。」
優しい声が、ナルトを諭す。荒立つことのない優しい響きのこの声は、ナルトをいつだって救って癒してくれた・・・。闇の世界でしか生きられないナルトが唯一、汚い世界で得た大切な相棒だった
―
「僕らは闇の世界でしか生きられない・・・だから、表の世界で生きられる彼らを祝福しよう、そう言ったのはナルトだよ。」
男だとか女だとかそんなのは些細な事だし、何よりナルトは優しいよ。・・・誰よりも。
末尾は心で口にして、和火は胸に抱きしめた今は青年姿の相棒を思う。
初めての出会いから思っていた。この子は優しすぎると。闇の世界に落とされ、人の醜さも世間の汚さも知り尽くしているはずなのに、今は黒髪にしてるが素の彼が持ちえる金の髪そのままに純粋なる闇に置いて光に輝ける魂の持ち主なのだと。
そんな魂の持ち主の傍に居て、惹かれない方がおかしい。
「君は優しすぎるから、闇に生きる自分の傍まで連れてきたくなかった。そうでしょ?」
表の顔で闇に落ちた心が、どうしてシカマルを選んだのか。ナルトが好意を向ける先に気付いた時は目の前が真っ赤に染まったけれど・・・。
「・・・それはチョウジも同じだろう?イノを闇に落としたくない。そう言ってたな」
「うん。イノは光の中に居て欲しかったから。」
抱きしめられたまま名を呼んだナルトの台詞に、もしも彼の幼馴染達が居たら驚愕するだろう。鍛え抜かれたと暗部服の上からでも見とれる細身の持ち主がチョウジなのかと。変化で細身の青年姿に代えたのだと思うかもしれないが、実はチョウジの本来の姿をただ青年に代えただけなのだったりする。食べる量を考えてあの姿の方が不審に思われない、ただそれだけの理由で秋道家の主に直系が幼い頃から自然にとる姿だから、誰も疑う事はない。衰えたとはいえ旧家の、血系限界とともに受け継がれてきた実態を今は知っているものの法が少なく。また、今は亡き秋道の真なる姿と能力に関してはプロフェッサーと名高き初代から里の設立に関わってきた3代目火影だけが知り得ていた事実でもあった。
「僕は、イノが幸せになってくれるなら・・・相手がシカマルでも構わないんだ ・・・」
そういって微笑むチョウジに嘘偽りは感じられず、ナルトはますます己の矮小さにチョウジの服をきゅっと握った。それに気が付いたチョウジが、優しく背中を叩く。
「チョウジは・・・強いな・・・」
「そんな事ないよ。・・・見え張ってるだけ」
優しく背中をあやす手を止めずに答えるチョウジに、ナルトはますます恥じ入るようにチョウジの肩に顔を埋める。
本当は、シカマルとナルト、お互いが惹かれあってたにも拘らず、お互いの気持ちもきっかけも得る術もなくここまでやってきたのだ。本来ならば、とっくに結ばれたであろう二人。それを悉く邪魔をして、イノを嗾けたのは・・・他ならぬチョウジであった。
イノを好きな振りをして、三人の気持ちを誰よりも的確に見抜き、また人畜無知なる人間として彼らの相談を何食わぬ顔で受けていたからこそ、絡まる糸を解す事無く断ち切る事が出来たのだ。
そう、イノを好きな事は事実だが、本当に大切に思っているのはナルトただ一人――。
「・・・暫く。このままで居てくれないか?」
そんな事ない、と弱弱しく否定してナルトが自ら抱きつくようにチョウジの腰に手を回す。
「もう少ししたら・・・もう少ししたら二人をちゃんと祝えるようにするから・・・・」
「無理しなくてもいいんだよ?」
「俺、本当に二人が大好きだ。から・・・ちゃんと祝いたい」
「ナルト・・・・」
本当に優しすぎる、とチョウジは苦く思うが、自分に縋りつくこの手を誰にも渡す事など・・・例えシカマルでも出来はしなくて。
そっと回していた腕に少しだけ力を込める。
幼馴染二人は大好きだ。すっと逸れは変わらない。けれど。欲しいものを得る為に二人を利用する。
「ナルトが二人を祝えるようになったら、皆で盛大に二人のお祝いをしようか?」
残酷な言葉を突きつける事で、ナルトとシカマルの中を完全に引き裂く。
暗い色に染まりきったチョウジの心の胎など知る事無く、表面上は諭すような優しい声色に、こくりとナルトは素直に頷いた。
「友達としてなら、好きでいてもいいよね?友達としてなら傍に居ても・・・」
呟くようなナルトの声に、少しばかりの嫉妬とも独占欲とも付かない何かが過ぎたが、うん、と今度はチョウジが頷く。
「僕も、二人が大好きだから・・・・友達として、僕らも傍に居ようね」
こくり、と無言で頷くナルトに、顔を見られなくて良かったと、チョウジは思うのだった ―――
あれから、少しばかり任務でゴタゴタガあったり全員との時間が合わなかったりでいつの間にか一月程時間が空いてしまったが。
眩しいほどの微笑を湛えて、ナルトがシカマルに言った。
「おめでとうシカマル。イノと幸せにな」
「・・・ああ・・・・」
じっと、お互い見詰め合って、確認するように告げた言葉。
ここに到るまでにどうしても告げられなかった言葉が、胸を去来するけれど。
「おおい!それはもう少し先の台詞だろうが!!!」
「そ、そうよ!!!気が早いわねナルト!」
たまたま聞きとがめたキバが突っ込み、イノが照れながら同意する。
「うえ?早すぎたってば?」
「そんな事ないでしょ?ね、シカマル」
ニコニコ顔のチョウジがお菓子を片手に確認すれば、シカマルはどこか複雑そうな顔を見せた。
「ね!イノを幸せにするのはシカマルだけだって。その為の婚約でしょ?」
「あ、ああ・・・」
「なら、もっとしっかりするってばよ、シカマル!!」
ばし!っと勢いよく背中を叩かれてシカマルは何かを振り切ったかのようにああ。と頷いた。
そして、シカマルとナルト。
二人は別々の道を行く。
それを仕組んだのはチョウジだが、決めたのは二人。
今は互いに別のパートナーと手を繋ぎ、決して交わる事のない未来へ歩き出したのだった。
本当に、大好きだよ。いつだって誰よりも。
だから、ばいばい・・・・・
終わり
2007.