生(ナマ)

「〜〜〜〜!!!!!????」

何事かを叫びながら、それはそれは見事に。
上半身と足が空中で勢い良くぶつかりそうになるほどに跳ね起きた。

「???!!!!!」
カッと見開いたままの血走った目で、ぶんぶんと音が聞こえそうな勢いで持って、首と目をきょろきょろと動かし汲まなく辺りを見渡して漸く安堵の溜息を付いた。
「〜〜〜はあ」
ベッドの上に立てた両膝に乗るように自然に組まれた両腕の上に頭を押し付けて、シカマルは今、ここが自室のベッドの上で良かったと心底思った。
と、同時にあるところの存在を否応なく感じて泣きたい気分にもなり。

「マジかよ・・・・・」

信じられない気分で一杯でもあった。
その時窓の外で聞こえたのはちゅんちゅん、と可愛らしい声。
雀が告げていたのは朝の訪れだった―――




奈良シカマルは、自他共に認める面倒臭がりだ。日々、めんどくせーと何をするにも腰が重く、好きなことは将棋だとか、さばの味噌煮だとか。・・・後ろの二つは個人の嗜好だからまあ老若男女シカマルの他にも居るかもしれないが、ともかくシカマルは子供らしくない子供だ。
現在11歳にしてすでに己の老後のありし姿を現在体現しているかのように、お茶を啜り縁側で一人将棋を打つ姿は彼の幼馴染み曰く「ジジ臭い」そうな。
そんなシカマルだが、どんなに爺臭そうでもまだ若い、若すぎるといっても過言でもないぴっちぴちの11歳なのだ。
例えIQ200を超える天才であろうとも。実際にあるということはすでに承知の事実だろうけれど。
その天才少年であるシカマルは、好奇心の赴くままに幼い頃からありとあらゆる知識を求め、記す本を何でも読み漁り、何かと息子をからかいたがる父親から余計な・・・という事も無いのだが知識を吹き込まれついでとばかりに忍びに必要たる様々なものを現在進行形で叩き込まれている彼は、勿論人体の構成やら性質なども彼の知りえる範囲の情報は全て己の脳に書き込まれ蓄えられている。一度覚えたことは忘れないという物忘れが酷い人にはとてつもなく羨ましい脳をお持ちだった。


だからこそ、だ。


ちゅんちゅんと雀が楽しげに鳴いている。
何の変哲も無い日常の、自室で目覚める朝で、これほどの衝撃を覚えるなんて。
母親が寝坊しているシカマルを起こそうと憤怒の形相で叩き起こしに来ようとも、父親がからかい混じりに奈良家に伝わるシカマルがまだ教わっても居ない見てもいない術を掛けて起こされおうとも、ここまでの衝撃は未だ嘗て無かった―――



優秀すぎる脳は、己の身に起きたことを哀しいかな。嫌というほど理解してしまえたのである。
「最悪だ」
呟くシカマルは、朝も早々に途方に暮れた。


「夢なんか見るもんじゃねー・・・・・」
力なく呟くも、すでに見てしまった後。
其れにより強制的に自覚させられたことに、優秀すぎる脳は理解すると同時にそれに付随する行動パターンを幾重にもはじき出してくれていた。



「あ゛〜・・・・・」
全く持って、この上も無く厄介な事をよりにもよって己が体が気が付きたくなかった事を気付かせてくれたのだ。
主張するように存在を示す己の分身を見遣ってシカマルはなんとも言いようのない呻き声を上げる。
男の朝の生理現象。
それだけだったらどんなに良かったことか。
びんびんに主張するそれは、今し方見た夢に反応しているのはもう、明白すぎて。
胡坐にしたことによりよりピラミッドを作るそこを目の前にして諦めの境地に立たされた。


よりにもよって自分が。


シカマルの描いていた将来の夢は、特筆して可愛いとも綺麗だともない、ごく普通のその辺に居る女と結婚して男と女各一人づつ子供を授かり、中忍程度の仕事をこなしてそして老衰して死ぬのが夢だ。何ともあきれ返るような内容の夢だが、忍びとして生きなければならない場所に生まれた彼は、その夢の持つ平和で平凡な人生こそ手にすることの出来ない幸せの形なのだと知っていた。
決して平凡を厭う事などしたりはしない。ただ、平凡を歩む事が出来ないと知っているからこその、シカマルの夢であり、希望で。
シカマルとて非凡である事など望んで生まれてきたわけではないのだが、この里では忍びになる事が当たり前すぎて、忍びの里の旧家に長子として生まれてきた義務として、嫌が応無く縛られる未来へのささやかなる抵抗であったるもするのだ。


よりにもよってあんな夢を見た。







どうしてなんて疑問も浮かばない場所で。2人向き合っていた。
夢だなんて、思えなかったのは、過去に一度だけ見た、忘れられない顔が其処にあったから。


『シカ、・・・シカマル』


少しばかり頬を染めて甘く、名を呼ぶ少し高めの幼い声に。



『・・・大好き、だってばよ』


囁かれた言葉。




それが夢だと気が付くのは雷のように衝撃を受けた後。






台詞は己の願望が言わせたものか。







忘れられない、一度だけ見たあの笑みで、告げられた言葉に全身が熱くなったのを覚えている。
覚えている、が、しかし。
まさか。
それがこんな事に繋がろうとは。



・・・それが下半身を伴う熱さも含んでいたなんて、夢を見るまでついぞ気付く事がなかったことに、シカマルは絶句するしかなかった―――












「・・・便所・・・」

シカマル自身、夢を見るまで気が付かなかった気持ちを、すこしばかり大人の階段を昇っていたシカマルの体が訴えてきて初めて判った事に、気付きたくなかった事実にずきずきと痛む頭と、現状認識に少しばかり萎えていたソレが夢の内容を思い出した所為で元気を取り戻したことに盛大な溜息を吐き、シカマルはのそのそと起き上がると処理するべくトイレへと向かったのだった。
下着を汚すハメになっていなかったのが不幸中の幸いか。



「あ〜・・頭いてえ・・・・・」






大好きと、 嬉しそうに告げられた言葉に、何より。
キラキラとその人物の持つ輝かしい色彩と相まって、一点の曇りなき満面に広がる純粋な笑みが。
どくん、と一度心臓が大きく脈打ったのが脳内に響いたかと思えば、すぐに全身に熱い血潮が流れるのがわかり。
笑みを見た瞬間全身が硬直したようにピクリとも動かなくなったように思えたのに、己の両手は中途半端に持ち上がっていて。
嬉しそうに笑う、彼を抱きしめようと伸ばされていた事に、シカマルは大きく目を見張った。
驚きつつもそれでも抱きしめたいと思う自分に違和感は感じず。
むしろ何より強く望む心がソレが自然だと認識して。
果たせなかった虚しさが、流れるトイレの水と一緒に流れてくれれば良かったのだけれど。


「めんどくせ〜・・・・」

力なく呟くも現実に変わりはなく。
むしろ自覚した分、着実に相手への認識はスピードを持って変化していって。
面倒臭がりのシカマルが、もっとも面倒な己の感情に自覚した朝のことだった。


余談として。
これから始まるアカデミーで、どんな顔をして接するべきか悩めるシカマルがいたとかいなかったとか。

終わり

2007