L'Arc-en-Ciel

うずまきナルトの印象は、と問われれば一ににも二にも「騒がしい、落ち着きない」そんな言葉が第一に挙げられるだろう。それは、奈良シカマルにも当てはまる事で―――





「へへ〜ん!イルカせんせーになんて捕まらないってばよ〜!!!」
それはそれは楽しそうに、あっかんベーと舌を挑発的に見せては騒々しく廊下を駆けていく姿があった。
ここは仮にも忍びを目指す、将来の忍びの卵が通っている学校だ。よって、入学早々の新入生でもあるまいに最初に教わる基本中の基本を忘れたとしか言い様のないどたばたと音を――しかも騒音を立てて廊下を走ることは6月も半ばに過ぎようとしてるこの頃にはあり得ないはずだ。ましてや、3年目も在籍しているのならば。
噂はいつだって一人歩きをしているものだ。人の口に戸は立てられない。しかし、今年。アカデミーに入学して以来、それこそ噂の尽きることない人物と同級生になって始めて目の当たりにした彼の素行にシカマルは顔を顰めずにはいられなかった。
件の主は、まず、煩い。
第一印象は外見がどうのこうのよりまずはそれが来る。いや、外見からして彼はこの里では彼しか持ち得ない色が「煩い」。
恐らく誰に聞いてもそんな回答を得られるに違いないと確信できるシカマルは、今日も騒いでは問題を起こす”ナルト”に眉を顰めずには居られなかった。
「シカマル〜?」
「あ゛あ゛?」
幼馴染みのチョウジに呼ばれて返事をするも、やる気のなさ全開に机に突っ伏しているシカマルであるが返した声は珍しくも不機嫌そうで。
「珍しいね、そんなにあからさまにしているの」
「そ〜か?」
「うん」
何事に対してもさほど動じるような可愛い性格をしていないシカマルが、本当に煩わしそうにしているさまにチョウジはくすりと笑う。
「だって、本当に珍しいもの」
お菓子を片手に行儀悪くももごもごと食べながら話す彼だが、チョウジは、昔から洞察力が凄い。人の機微を本人の自覚さえない物でさえも見分けてしまう彼に、シカマルは純粋なる尊敬を抱いていた。けれどそんな彼が、ふふふ、と楽しげに笑うさまを見て、シカマルは少しだけしかめっ面の皺を深くする。
「・・・・なんだ?」
「うん、凄いなと思って」
にこにこと、自然に人を和ませてしまう笑みを浮かべながらチョウジは言う。けれど、IQ300と噂される(現時点では明らかではないが)シカマルにはまだチョウジの告げるところの意味が解明できない。
「何がだよ?」
判らない事がある、というのはどうしてかシカマルは不快に感じ、いや、その頭脳を持って得られない答えがあるという事が本人が思うより負けず嫌いを発揮しているのだろう。もしくは高過ぎる知能故の因果か。
「うん。ナルトはすごいなって」
「なんで」
だがしかし、どんな難解な暗号だろうと禁術だろうと、シカマルの脳を持ってすれば分解・再構築など出来ないものは無きに等しくとも、チョウジのような心の機微などメンタルなものには精々が推測・憶測によるものに過ぎず。チョウジのそれだって推測・憶測でしかないのだろうがシカマルのそれとは絶対的な何かが違うという事を彼は承知しているから、深刻なジレンマを感じずに居られるが、今は、確実に自分に対して示していて。そこに何故、「うずまきナルト」が関与するかという事。
「まあま、そういきり立てないで。・・・ナルトは良い子だよ」
深く刻まれた皺はそのまま固定されるのではなかろうか。机に伏したままのシカマルの額にぴっしりと刻まれている皺を見て賢明にもチョウジはお節介な内心の心配を口には出さず、皺をより深くするシカマルに独り言を語るように言葉にする。
「良い子、ねえ。」
つか何時の間にお前ら知り合ったんだよ?
ぶすっとしたままのシカマルがボソリと反応を返すことも珍しいことではあったが、これ以上話す事もなく。チョウジは食べる事に夢中になり、シカマルはそのまま居眠りを決め込んだのだった。



*****



「俺ってば天才!ほしゅうなんて受けなくても火影になる男なんだからやらなくて良いってば!!!」
ナルトは今日も煩かった。
昨日も、一昨日も、3日前も、1ヶ月前も・・・ずっと前から。
「そうかよ。じゃあ火影になる天才が赤点なんかとってんなよ」
面倒くさそうにシカマルが突っ込む。
「むっきー!シカマル、ウルサイってばよ!!!」
きーっと細めた目を吊り上げてきゃんきゃんと騒ぐナルトにシカマルは溜息を付きたくなった。いや、実際には盛大についているのだが。
なぜ、シカマルがナルトと仲良く机を並べているのかと問われれば、ドベとドベ2のあまりの成績の悪さに切れたイルカが補修を命じたからだ。―別に広い教室の中でわざわざ隣に座らなくとも良かったのだが、何時の間にやらナルトとは・・・あれほど「煩い」と思っていたナルトと友達になっていたからだ。一緒に補修を喰らったシカマルに何だかんだと纏わり付いて離れなかったナルトを面倒だからと追い払わなかった結果、放課後二人しかいない教室で、隣り合って座っているのである。
「どっちがだよ。ったく・・・・ナルト?」
「なんだってば?今、イッショーケンメイ考えてるんだから邪魔するなってば!」
う〜ん、う〜んと呻っているナルトは少しは黙って考えられないのか、と反射的にシカマルは思うのだが。

ふとした瞬間。
ナルトは綺麗に気配を消す事がある。
勿論意識してそんな事が出来るはずのないナルトが、気配を消せるなんて。よもや何かとナルトを気に掛けているイルカでも知らないことだろう。きっと本人すら知らないに違いない。
「煩い」ナルトが、周囲に融けてなくなりそうなほど時折・・・・ホンの僅かな間ではあるが・・・気配を感じられないほど希薄になるなんて。
ナルトは何時だって煩くて騒がしくて。シカマルはいつもその騒々しさに辟易していた。
だからなのか。
ナルトが居る「煩さ」に眉を顰める習慣が付いたシカマルが、気付いたのは。
うんうん呻るナルトにちらりと視線を投げ、その姿を確認した後シカマルはカタリと席を立った。
「・・・?・・シカマルっ?!!」
「あ?何だよ」
煩わしそうにナルトを見れば、慌てた様子のナルトが居て。
「何だよっっじゃないってば!まだほしゅう中だってばよ!!なのにどこいくってば?!!!」
「オメー・・・はあ」
「何でタメ息つくってば?!わけわかんねーし!!!」
全身で溜息を吐くシカマルにナルトはわけが判らないとばかりに騒ぎ立てる。
「今日の補修はプリント解いたらイルカの机に提出して、あとは帰って良いって言われただろーが」
めんどくせー。
溜息を吐くのも面倒くさいというのに、ナルトの煩さがシカマルに何度も溜息を付けさせた。
「シカマル一人でとっとと終わらせるなんて冷たいってばよ!」
「どこがだよ」
「シカマルの癖に何でもう終わってるんだってばよ〜!!!!!」
「何でってとっとと済まして帰りたいからだろーが」

―――煩い。

出来る事ならそう、怒鳴りたいシカマルであるが、どうしても実行に移す事が出来ずに居る。面倒くさいというのが最大にして唯一の理由という訳ではない。煩いと思っていても友達だ。そう、目くじら立てる程の事でもないと理由つける部分もある。偶に我慢できなくてうるせーと零す事もあるが、強くナルトを否定する言葉を吐く気にはなれないだけだ。ただ、その理由を考えるのが容認しがたい事実をシカマルに突きつける気がするから避けているだけで、・・・だからこそ、ナルトの「騒々しさ」が耳につくのだろうけれど。
「・・・シカマル」
「あ?」
「シカマルは、本当は俺のこと嫌いだってば?」
プリントを片手に立ち上がったまま、シカマルは左下の人物に瞠目した。
じっと己を見詰めてくる、何所までも続く真っ青な空を凝縮したような蒼眼がシカマルをその場に縛り付ける。
しん、と静まり返った教室に2人。静寂が時をそっと抱きしめた。

時間にすればもしかしたら一瞬だったかもしれない。あるいは2、30秒。僅かな時間だったのかもしれない。けれど、作り出した静寂に耐え切れなかったのはナルトの方。
「なんちゃって!!シカマルは・・「友達」だってば!嫌いだったら「トモダチ」にはならねーってっばよ、な?!!!」
にしし、といつものナルト独特のあかんべをするような笑みで重たい空気を取り払う。
ワザとらしい、とは思いつつも答えられなかったシカマルは少しだけナルトの誤魔化すような笑いに頷く。
「・・・ったりめーだろ。」
頷きつつも明確な言葉を示さないシカマルに、けれどナルトは一瞬驚いたように目を見開いたかと思うと。

「!」

シカマルがはっとするほど鮮やかに、彼は微笑んで見せたのだ。
どうして、とシカマルは思う。
自分は客観的な視点から同意しただけであって、明確にナルトを嫌いではない、と答えた訳ではない。なのに、何故ー・・・
そこまで考えて、シカマルは漸く「うずまきナルト」を取り巻く環境を思い出した。いつもは余計なほど回転する思考も、事、ナルトに関しては動きが悪い。
考えたくない事まで考えてしまう為、無意識にセーブしていると客観的に己を見詰める部分が逃げる思考を断罪する。
悪足掻きだと、シカマルは当に知っていた。ただからこそ、認めたくなかったから考えるのを止めたのだ。けれど。
あの日、いつも騒がしいナルトが周囲に融けそうなほどその存在感が薄く、感じられなかったあの時。受けた衝撃をシカマルは覚えている。
あんまりにも儚い気配に、煩わしい思いをしなくてすむ安堵感よりも激しい不安と焦燥感に襲われた。

『ナルトっ!!!』

煩いほどの存在感が余りにも稀薄すぎて・・・消えてしまいそうで。授業中にも拘らず、大声で叫んでしまった記憶まで鮮明に思い出して少し、ばつが悪くなる。と、・・・ああ、思考が逸れてしまたか。
棒立ちのシカマルを他所に、うんうん呻っていたはずのナルトはすでに別人の如くご機嫌で。提出するように言われているプリントに落書きをしている始末。
そんな姿を見てコイツ、本当に大丈夫か?などと思ったシカマルだが、何故だか煩いナルトの側にもう少しだけ居ようかともう一度席に座りなおした。
いつも煩いナルト。けれど、あんな風に誰にも気がつかれないまま儚く消えてなくなりそうになるより煩い方が、良い。
どこからそんな想いが来るのかは、今のシカマルには答えを見つける気はないけれど、またあの笑顔が見られたら、と思う。
それはまるで、雨上がりに七色の見事な大橋が空に掛るのを見つけたときのように。
最近鬱屈で曇っていたシカマルの気分は、久しぶりに晴れやかに澄み渡る空のようにさわやかだった。





終わり

2007.