月も出てない夜だけど
忘れてしまおうか、キミの事。
掌の上にあるミントの葉っぱ一枚で。
忘れられるというのならば。
忘れてしまおう、キミの事。
たった一枚の葉っぱで忘れられるようなそんな軽い存在ならば。
―――どんなに良かったのに。
月も出てない夜だけど
口の中に広がるのは、まるで口と鼻の空気の通りがよくなるようなすっとした感覚。
味は良くわからないくせに、急に息の通りがよくなって、鼻がツーんとしてしまう。
ころころと口の中を転がるのは一つの飴玉。
転がされては溶け行く。
ころりころりと小さく小さく。
「な〜に食べてるんだってばよ?」
ひょいと覗きこんだ顔は見知ったる人物のそれ。
夜にも眩しい金色の髪が重力に靡く。
覗き込む、空色の瞳にべ、と舌を出して見せれば、
「珍しいってば、シカマルが飴なんて舐めてるなんて」
明日、大雨かもね。
何て答えが返ってきた。
「どういう意味だそりゃ」
「だってお前、あんまり食べてるイメージないんだもん」
「俺に言わせればお前の方がねーっつの」
言えば笑い声が部屋に響いた。
ここは奈良シカマルの自宅で、かつ自室で寛いでいたところだ。もっと詳しく言えば、今は深夜。如何に忍びといえどまだまだ下忍の子供達は寝てる時間。
そんな時間に訪れたる者の名前はうずまきナルトという。
そう、うずまきナルトといえば、どうしようもない悪戯者で、ドベで、里一番の嫌われ者の。
もっともこの時間に相応しくない・・・いや、騒音を立て、ひたすらに煩く、忍術の一つもまともに・・・いや、変化の術だけは出来るだけの・・どたばた忍者が、宵闇に紛れるように現れるなど、うずまきナルトを知っているものならば目を見開いたに違いない。これは幻なのではないのかと。
だが、それは「表」しか知らぬものの反応だろう。
「本来」のうずまきナルトを知っているものならば、出来て当たり前の事だという事は、僅か数人にしか判らぬ事実だ。
そう、「事実」。
これこそが、里の最大の機密にして誤りの所以たる残酷なる「現実」。
シカマルはまた、ころりと飴を舐ってみた。
「・・・何だよ?」
すると訝しげにナルトが訊ねてきた。
「別に」
心当たりがないのでそう応えれば、納得行かないとばかりに言葉が続く。
「そんな意味深な視線送ってきて別にはねーだろ?」
「意味深な視線なんて送ってねー」
「送った!」
「送ってねーっつの!」
真夜中に何をやっているのか。
シカマルは溜息を吐きたくなった。折角、両親は共に任務で居らず、かつ自身は珍しくも夜の任務が入っていないなんて。滅多にない事だ。
折角ぼんやりとかつぐっすりと睡眠が取れる有意義な休みが取れると思ったのに。速攻で儚い夢と化してしまうなんて。
「この、超馬鹿!!」
送った、送ってないと続いた口論の末、何がどうなったのやら、気が付けばナルトを押し倒していた。
シカマルは、押し倒しながら思う。相変わらずナルトと関わると冷静で居られないなと。
どんな時だって、どんなに熱くなろうと、どんなに窮地に立とうと頭の片隅では冷静に保つ部分があって、それは常時、失われる事がない。
なのに、ナルトに関わるとあっさりと冷静な部分まで失われるのは、どうにもこうにもいただけない。冷静さを描く自分にまだ馴れないシカマルは、そっと溜息を吐いた。
「おい。人の上で溜息吐くなよな・・・」
「あ〜・・・。ワリ・・・」
押し倒している体勢はそのままに、全くもって誠意のない返事が返される。
「つか、どけよ」
「気が向いたらな」
「なんだそりゃ」
そう言って笑うナルトの、シカマルは煩いとばかりに口を塞いだ。
こんな関係になって後悔しているわけではない。
里の機密を追いかけたのは他ならぬシカマルだ。好奇心を満たす扉の先にあったのは。
里に捧げられた生贄と、生贄をとことん犠牲に捧げ、何も知らぬと平穏に暮らす木の葉の「素顔」と。
唯一にして絶対なる―――全てを里に捧げられた哀れなる人柱の「真実」。
憎悪しないはずがなかった。
嘆かないはずがなかった。
嫌悪しないはずがなかった。
憐憫を感じないはずがなかった。
惹かれないはずがなかった。
涙せずに入られなかった。
愛情を持たないはずがなかった――――
回転の良すぎる頭は代償に、感情というものを必要とせず、予想・認知だけでも十分だった、けれど。見つけてしまった秘密は、シカマルの全てを揺り動かして。
感じたことのない「感情」に振り回されたけれど、手に入れたものは得がたいものだった。
けれど。
まだ、ほんの少しだけ、今のシカマルには重すぎて。
少しだけ泣き言を零してしまっただけなのだ。
「・・・気が済んだか?」
ふと、互いにフィニッシュを迎えた後、ナルトがそんな事を言ってきた。
「・・・まだだ」
その言葉に、シカマルはホンの、ほんの少しだけ、動揺したけれど。
「まだまだ足りねえ」
にっと笑って悪戯な手を動かせば。
「馬鹿だなあ」
笑ってナルトがもう一度腕を回してきた。
今のシカマルにはほんの少しだけ重く感じるそれ。
けれど、手放そうなんていう考えはありえない。
少しだけ重く感じる荷物だけれど、手に入れた宝物が笑ってくれるなら。
どんなに重く感じようとも手放したりしない。
回される腕がずっと、シカマルを必要としてくれるのならば、それだけで。
不意に思い出した「おまじない」。
薄荷の葉っぱを一枚、月夜に口に含んでみれば、忘れたいことを忘れられるよ
幼馴染みが苛められっ子の桃色の少女に教えていた。
月も出てない夜に、薄荷の代わりに舐めたミント飴。
間違って効力を発揮しなくて良かった。
忘れるどころか鮮烈な月の光が脳裏に焼きつかんばかりに降り注いだ夜のお話。
おまけ。
「そういえば何しに来たんだ?」
「だってお前、休暇なんてずりぃ」
「任務はどうした」
「んなもん速攻で終わらせてきたってばよ」
「・・・・で、態々邪魔しに来たと」
「そう!」
「じゃあとことん付き合ってもらうか」
「・・・・はい?!」
さて、どうなったのかは推して知るべし。
2007.