2月。
年始から落ち着きを見せた頃、行われる行事といえば豆撒きだろう。
豆撒きといえば、そう、「鬼は外、福は内」。
木の葉の里も例に漏れずに2月3日の節分は、何所の家でも鰯の頭を柊の小枝に刺したものを戸口に挿し、魔除けをしてから一家の主人が豆を撒いて厄病などを払う儀式をするのが通例だ。
そして、この行事は勿論、忍びの心得と共に勉学を教ええる為の場所、アカデミーでも年間行事として行われるのである。
行事として行われるものだから、役割というものがあり。
豆撒きにおいて役割といえば、「鬼」と「豆をまく人」の2つに別れ。
「鬼は〜そと〜!!!!!」
ばしぃ・っ・・・・・・
「鬼は〜外!!!!!!!!」
バシッ・・・
ぱらぱらぱら・・・・
投付けられた豆が音を立てて床に雨のように落ちていく。
ここでも、うずまきナルトという少年は、「豆をまく人」の側にいても「鬼」のように豆を投付けられるのだった。
「何すんだってば!!!」
本来ならば、少年は喚きたてるべきだと。
いいや、少年の性格ならば喚きたてないはずがないのだが、至ってなんでもないように少年―ナルトは、「鬼は外!だってばよ〜」などどご機嫌に豆を撒いているのだ。
豆を投付けている者達・・・子供たちに紛れて中忍の、いや、ここではアカデミー教師という立場にあるものでさえ彼に豆を投付けているというのに。
「鬼は外〜!!!!」
少年は、それはそれは楽しそうに、豆を撒いていたのだった。
「貴様の来るところではない!!!!!」
「お前なんかうろついてたら邪魔だろ!!!!」
「どこかに消えちまいな!!!」
「さっさと居なくなっちおしまい!!!!!」
――何時だって。
―――節分なんかじゃなくたって。
追い払われてた。
豆なんて可愛いものじゃなく、石の礫やクナイなんてざら。刃物も、酷い時は爆薬を仕込んだものでさえ投付けたれた。
『鬼は外』
鬼じゃないけど狐も外なんだって。
でも「俺」は狐じゃなくて。
狐じゃないけど追い払われるんだ。
じゃあ、追い払われる「俺」って何なんだろう?
「こっちに来んじゃねえよ!!!!」
「お前なんか居て良いところじゃねえぞ!!!!!!」
バシッ!
バシ・・・っ!!!!
投付けられるのは何て醜い。
向けられる嫌悪も殺意も憎悪も悪意もナニモカモ。
この身を引き裂かんとばかりに投付けられるれど、もう、何も感じない。
痛みを感受しすぎて、麻痺したココロで、けれどと思う。
受け入れられる事は決してないと、知りつつも。
あり得る筈のない仮定だと、理解しつつも思う。
もしも。
忌み嫌われる鬼を受け入れてくれるところがあるのなら、と。
「超馬鹿」
ふと気付けば目の前に、不機嫌な顔をした子供が居た。
普段から釣り目気味で、ぱっと見怒っているような無表情をしかし、めんどくせえとばかりに筋肉を緩めている・・・・。
「シカマル?どうしたんだってば?」
どうしてここにいるんだってば?
夕日を背に、まるでナルトまで覆うような長い長い影を足元まで伸ばして。
憮然とした顔のまま、少し呆け気味のナルトにずいっとその手も伸ばしてきた。
「なに?なんだってば?」
本気でクエスチョンを飛ばすナルトに、シカマルはもう一度、超馬鹿と呟いて無防備に落とされたままのナルトの腕を掴んで歩き出した。
「し、シカマル?????」
「良いから、来い!!!!」
有無を言わさんばかりにズイズイと歩いていく。
「放してってば!シカマル!!!」
ここは、人目に付きやすい。
「超馬鹿。・・・良いから黙って付いてこい」
自分と居れば、シカマルにも害が及ぶかもしれないのに。
だから腕を放して欲しいのに、シカマルは掴んだ腕に更に力を込めて歩いていく。
ずんずんと、引き連られんばかりに大またに歩くシカマルに腕を引かれながらナルトは少し泣きそうになった。
「着いた」
「え?」
いつの間にかシカマル宅が目の前に。
「ただいま〜。母ちゃん?」
「お帰りっ!!!ああ、ナルちゃんもいらっしゃい!!!!」
「え?え?え????」
「お〜、ナルトも来たか〜じゃあ始めるか〜」
「え???????????」
玄関を開ければシカマルの父母がナルトを出迎えてくれたかと思えば楽しげに、何かの用意をしだした。
一向にシカマル邸の面々の様子に、ナルトの思考は着いていかず、疑問符を飛ばしたまま目を白黒していれば、はい、と満面の笑顔のヨシノに豆が入った枡を渡された。
「ナルちゃんも、豆撒きしましょ?」
「え????」
「ね?」
流石シカクも恐れる恐妻ヨシノ。(いや、恐妻というよりただ奈良家の女の立場が強いだけなのだが)問いかける口調であっても決定事項になっている。
ヨシノとは反対側で、シカマルそっくりなシカクがぽふっと現状についていけないなるとの頭を撫ぜた。
シカマル宅に来るのはこれで何度目だろうか。
最初に訪れた時からなぜかナルトを気に入ったらしいシカマルの両親は、大人なのにナルトにとても好意的で、事あるごとにシカマルを通してナルトを呼び、暴力を揮うどころかこうして何だかんだと世話を焼きたがるのだ。
3代目以外から受けた初めての、好意は。ナルトの胸をこそばゆくさせてくれる。
それが決して嫌なわけではなく。
ニコニコと、向けてくる眼差しに含まれる優しさと、多分愛情が・・・。そして視線を向けた先に居る、してやったり顔のシカマルの存在が。
温かいもので胸が満たされすぎて、枯れたはずの涙が出てきそうになるから。
困ってしまうのだ。
「ナルト?嫌だったか?」
固まってしまったナルトに、シカマルが心配そうに声を掛けてきた。
シカマルだけではない、シカクも、ヨシノも。
「鬼は外」
でも、鬼だって受け入れて欲しい。
自分は鬼ではないけれど、鬼と同じだから。
「な、ナルト??????」
俯いてしまったナルトに、シカマルが慌てたような声を出す。
「・・・ゃない」
「え?」
「嫌じゃないってば!!嬉しいってば!!!!!!」
涙に潤んだ空色が、シカマルを見上げて満面の笑みで応えた。
「!!!!!」
「豆撒きするってばよ〜!!!!!!!」
元気一杯とばかりに張り切る姿はいつものナルトで。
「・・・どうした?シカマル」
元気一杯に豆を撒き始めたナルトとは裏腹に座り込んでしまったシカマルに、にやにやとシカクがわざとらしく聞いてきた。
「っるせ〜。ほっとけ」
「あ〜あ。わっかいねえ」
母ちゃん、俺たちも始めようぜ〜
シカクがさもおかしいとばかりに散々笑った後、はしゃぐナルトと一緒に豆撒きを始めた。
「つか、勘弁してくれ・・・・」
あれは直撃だっつーの。
しばし立ち上がれないシカマルを尻目に、奈良家は豆撒きを楽しんだ。
「鬼は〜・・・」
「どうしたの?」
掛け声の途中で黙ってしまったナルトにすかざずヨシノが訊ねれば。
「鬼ばっか外じゃかわいそうだってば!鬼も良い奴がいるかもしれないから中にいれても・・・」
語尾が不安ゆえに小さくなってゆく。けれど言いたい事をちゃんと理解したヨシノは微笑んだ。
「そうね。偶には鬼も中に来たいわよね。じゃあ、こうしましょう
ウインクを一つナルトに投げたヨシノは大きな声で掛け声を出した」
鬼は〜うち!福も〜内!!!!
ヨシノが言うなり、ナルトが目を輝かせた。
「鬼は〜内!福も〜内!!!!」
「お?なんだそりゃ?」
シカクが2人の掛け声に首を傾げたので説明すれば、また、シカクがナルトの頭を撫ぜて同じように続けて豆を撒く。
「鬼は〜内!」
「福も〜内!!!」
ナルトに笑顔にヨシノも、シカクも微笑んで。
すっかり奈良家の一員の如くの光景に、蹲っていたシカマルが慌てて混ざったのはこの後すぐ。
今年は鬼にも福が来るかもしれない