それを見つけたのは偶然だった。
セフィロスを倒す旅の途中、ミディール付近の森の奥深く。
誰にも知られることなく、ひっそりと。
煌きを放つそこに、ひどく心が騒いだのを思い出し、クラウドは今は一人でそこへと向かっていた。
大空洞での決戦から一年という時が過ぎ、仲間はすでに己の進むべき道を歩みだしていた。ライフストリームの噴出した大地は、メテオによって崩壊した被害を最小限に留めてはいたものの、ひどい傷跡を残した。それは人も例外ではなく。彼らは傷付いた人々の力になるべくそれぞれの大切に思う場所で、新たなる生活を始めそんな仲間達の姿を尻目に一人。クラウドは己の帰る場所を見出せず彷徨っているのが現状なのである。
決戦の後、十分な休息とともにすべてが傷付いた現状を見つめて彼らは己が何をすべきか、何を優先したいか悟ったらしい。セフィロスを倒す、その目的が達成された今、新しき決意を覚悟に皆が散りじりに思う場所へと向かうために別れを、告げたあの日。
あの場所に留まると言った自分に、仲間は。
驚いた顔をしたものの何を問いただす訳でもなく。ただ、意味ありげにあるいはしょうがないと、まったく、といった表情でもって受け入れてくれた。クラウドの中の複雑な事情を知る仲間達の優しさが、少しばかり苦味差しクラウドの心に沁みたけれど。
そんな彼らに感謝をし、旅立つ背中を見送った。
『クラウド・・・・』
最後まで残っていたのはティファ。
皆を見送った後彼女だけはクラウドの傍に留まり、何も言わず穏やかな時が3日ほど経った頃だろうか。
次の目的が中々決まらない彼に、次に何をしたいのか決めていた彼女が我慢できずに言ってしまった言葉。
『・・・ね、一緒に来ない?』
セブンスヘブンに戻るというティファ。
すでにリーブが神羅の都市開発部門部長という肩書きを持っていた所為か、崩壊後何だかんだと祭り上げられミッドガルの再建の指揮を仮にではあるが取る立場に立っており、猫の手も借りたいとばかりに崩壊したミッドガルで奮闘していること。
崩壊に混乱し、現状把握もままならないミッドガルで何か役に立ちたいと思っているという彼女は、一緒に来てほしいと。ついぞ口にしてしまったのだった。
かつて行ったミッションが7番街プレート崩壊に繋がった事を後悔しているのだろう。今度の崩壊はあの時より数段酷い状況になっている。罪の意識もあるのだろうが、何より。人々の為に何かしたいという彼女のその姿が―――――
『すまない、ティファ』
何時だってまっすぐ前を見据えて進む彼女が眩しくて、クラウドは目を逸らすことしか出来ないのだった。
『・・・・分かってたから。』
『・・・・』
謝らないでと辛そうに、それでも笑える彼女の強さに、クラウドは何も言うことは出来なくて。
『・・・もしもクラウドが・・ううん、・・・旅の途中にでも近くに来ることがあったらちゃんと寄ってってね。それだけは絶対よ?』
『ああ。必ず寄るよ。約束する』
『・・・じゃあ、私も。そろそろ行くね?』
少しだけ寂しそうな顔を見せた後、約束に頷いてくれたクラウドに満面の笑みを見せてティファとも分かれて、漸く重い腰を上げたが未だに目的は定まらず。
フラフラと行く当てもなく風に吹かれるまま旅に出た。
大空洞での決戦。
それが齎したのは星を救えたことでも、セフィロスを倒すことが出来た充実感などではなく―――。
心の全てが失われてしまったような、空洞に飲み込まれそうなほどの消失感だけ。
セフィロスを追い、セフィロスを見つけ、セフィロスを倒す。
本当の自分を見つけたり、星を救うことなど二の次だった。
ひたすらにセフィロスだけを求めて・・・・。付随してきたそれらは確かに掛け替えのないものだったけれど・・・・これまでクラウドを支えてきた全ては、セフィロスただ一人。それがあの戦いで失われてしまった。否。自分が全てを終わらせた ―――
だから空っぽなのも当たり前だ。
うつほを抱いてただ風に身を任せるだけ――――
そうして流されるままにたどり着いたのはミディールの森。そして思い出した。
人の侵入を拒む鬱蒼と茂る森の奥深く。隠されるようにひっそりとしたその場所は獣達さえも近寄らないらしく何にも荒らされることなく沈黙を保って。
クラウドが辿り着けたのは本当に偶然としか言いようがなかった。――思い出したあの場所へ、もう一度辿り着くことが出来るだろうか?
当てにならない目的周辺地図の記憶を掘り起こして、クラウドは一心にそこを目指した。
背丈まである草を掻き分けて、鬱蒼と生い茂る木々の枝が燦々と輝く陽光を遮っているため薄暗い森の奥深くを無心に歩き続ける。
どこをどう歩っているかなんて分からない。道などないのだから、惰性とも取れる進行方向に進んでいるだけだ。けれど。
―――このまま、歩き続ければ辿り着けるような気がしてた。
確証など何もない。ぼんやりとした期待がそう思わせているだけなのかもしれない。
なのに。
何故だろう。
あの人を追っているときにも感じた不思議な感覚。
――――呼ばれている――――
自分は、あの場所へ。行くべきなのだと。行かねばならないのだと。
不思議な焦燥感と共に、正確な位置など分かりもしないのにずんずんと歩みは進む。
深い、深い森の奥。
誰も踏み入れない、日の射さないその場所を只管に。
生い茂る草木を掻き分けて、やがて辿り着いたその場所は。
それまでの日の光さえ遮る深い森の奥深くとは思えぬ、柔らかい一筋の光が差し込む柔らかな光に包まれた場所――――
誰も踏み入れることなど、汚すことなど出来ぬ神聖ささえも醸し出している・・・・その場所に、クラウドは誘われるように立ち止まらせていた一歩を踏み出した。
恐る恐る光射すその場所の中心へと向かうその目に映るのは、遠目からも分かる澄んだ泉。降り注ぐ日差しが照らし出すように、この場所の中心には直に光が掛かる小さな泉があった。そこへゆっくりと近づき、泉を覗き込めるほどギリギリの所に腰を下ろしてクラウドはほっと一息つく。
漸く辿り付けたと思った。
そう、探していたのはこの場所。
ほど広いとはいえない場所であるが、どうしてだろう。酷く心地よさを感じるのは。訪れたのはこれが2回目だというのに懐かしささえ感じる。
息を整えた後、直ぐ傍にある泉に視線を無意識に移せばもう、何も入らないような気がした。
ひっそりと、誰にも知られてないこの森の奥深く息づくように。とても澄んだ水面は、まるで翡翠を溶かしたような。柔らかな日差しをどこまでも吸い込んで輝き奥深くまで映し出しているようなのに、まるで底は見えない。不思議に深い色合いは、透明なのにただの翡翠より青く緑掛かっているようにも見えて・・・。
そして思い出すのはこの泉と同じ、目の色をした彼の人の姿―――
ポツリ、と凪いだ水面が波打つ。
雨でも降ってきたのかと水面から視線を逸らすこともしないまま、頭の片隅で思う。
ポタ・・ポタポタポタ・・・・
しかし連続で波打つ水面がやけに顔の近くで波立たせていることに疑問が沸き、不思議に深い色合いばかりを眺めていたクラウドはようやく波打つその水面に移る自分の顔を見た。
そこにはいつの間にかうつ伏せに寝そべて覗き込んでいたクラウドの顔から零れていたのは涙。
「・・・ぅ・・あ・・・・・」
呆然と、水面に映る自分をクラウドは見つめた。
なんで、今更・・・・。
戸惑いは当然。何故ならば1年前には一滴も、流れることはなかったから。
あの場所で。全てを終わらせたあの場所で、倒れるあの人が穏やかな笑みを浮かべたのを見ても流れなかったのに。
どんなに、どんなに叫びたくても、泣き喚きたくても出なかっった、涙が。
今、あとからあとから溢れ出す涙が、全ての水脈が海へと流れ着くように帰る場所を見つけたとばかりに湖へと頬を伝い流れ行く。
「あ、・・・あ・・・・!!」
戸惑いながらもクラウドは、止まらない涙につられる様に分けの分からないまま、空ろな心で泣いた。
目の前の不思議に深い色合いの翡翠の泉は、静かに降り注ぐ雫を受け止めるようにそんなクラウドを映し続けた ―――
たどり着いたときには南天に輝いていた太陽も、やがて西に傾き辺りは茜色に染まり行き。今は煌く星の明かりが翡翠の水面を彩って輝きを与え。
泣き止んだ後も茫然自失した風にクラウドは水面を見つめ続け、今も星を孕んで輝く翡翠を飽きることなく眺めている。
闇夜にも美しい翡翠の泉は思い出したように時折流れてくる涙を、その都度受け止めて優しく煌く。
クラウドは、甘えるように泉の前で只管に・・・これまでの分もとばかりに涙を流し続けた。
泣いて、泣いて泣き疲れて眠った、その次の日は。
瞼がありえないほど腫れていたけれど、クラウドは自然に微笑むことができた。
「・・・おはよう。」
自然に泉に話しかける。
「昨日は、・・・自分でもちょっと泣きすぎたと思う・・・・」
少し照れたように話し出す。
「ていうか久しぶりに泣いた。・・・・はは、嘘じゃないよ?」
そっと泉を覗き込んでクラウドは笑む。
「なあ。・・・・アンタなんだろ?」
泉は何も言わない。
「昔から、アンタは俺に甘い。」
照れたように軽口をたたくクラウドに、朝日に煌く翡翠は深く煌いて。
「・・・・もう、大丈夫・・・大丈夫だから・・・・」
優しい光がクラウドの瞳にも映り。
「俺、行くよ・・・・・」
朝日を受けて強い意志を宿した瞳は真っ直ぐに泉を見据えて。
清清しい蒼穹にも負けぬ笑みを浮かべたクラウドの姿を余すことなく泉は映す。
「・・・・ありがとう・・・・」
小さな言葉だけ去ったクラウドの代わりに残って。
物言わぬ翡翠の泉は、ただ。
差し込む日差しが美しい銀の流れを描いて、水面はいつまでも優しく煌きを放っていたのだった。