知っていますか
貴方が側にいてくるれるという奇跡を。
春は目の前だというのに、何なのだろう、目の前をチラつくこの雪は。
昼前までは確かにぽかぽかで、思わず散歩に行こうかな、何て普段は引き篭りがちのクラウドでさえ外へと誘うほどの陽気だったのに。
今は。
「・・・さむっ!!」
ほんのちょっと、日用品を買出ししていただけなのに、買い物から終わって外へ出れば打って変りすぎるほどの寒気が渦巻いていた。
あまりにも温かいから、長袖のシャツ一枚とジーンズという簡素な出で立ちで出て来た。ので勿論防寒着などあるはずもなく。片手で簡単に持てる程度の荷物をせめてもの代わりとばかりに寒さに震える腕で抱きしめる。
クラウドはニブルヘイムという村の出身で、少なくとも純粋にミッドガルに住む人よりは寒さに強い。といっても寒さをまったく感じないわけではないので、当然、寒いのだ。まして、ぽかぽか陽気だった午前中から一転してかなりの寒気に見舞われれば。
「〜・・・鳥肌立つな・・・」
長袖に隠されてても判るほど肌が泡立っているのを感じ、クラウドは眉を顰めた。
後ろの、ガラス張りの自動ドアの向こうでは外に出ることを躊躇した人間で少しだけごった返している。そんな彼等の前で、クラウドは一人、外に出ている状況。再び中へ入っていくことなんて、みっともなくて出来はしない。そもそももう一度、なんて己の矜持が許すはずがはなく、クラウドはぐっと腹に力を込めると、荷物を抱く両手にも力を込め、反動をつけるように足に力を込める。一瞬後。彼は、雪がチラつく中、薄着で駆け出した。
一刻でも早く、家へ辿り着けるように。
どんっ
弾丸のように頭のてっぺんで雪が舞い散る中、正面を突っ切るように走っていた為か。小さな公園近くで、通り過ぎるはずの人とぶつかってしまった。
足元だけを見るように走っていたから、前方不注意はこちらの所為。
「すみませんっ!!」
慌てて足元を見ている視線を上げるよりも早く、謝罪の言葉を口にすれば。
「・・・ここにいたのか」
「え?」
聴く者に心地良ささえ感じさせるような落ち着いたバリトンが掛けられ。
驚いて、視線を上げればそこに、彼の英雄の姿があった。
「せ・・・セフィ・・?!」
「迎えに来た」
いや、迎えに来たって・・・!!
あっけらかんと、まるでなんでもないことのように言う英雄に、クラウドは絶句した。
だって、本来このような所・・・いや、ここはまあ、良いとして彼は。彼は神羅が誇る「英雄」なのだ。神羅特別治安部隊隊長で、全世界で知らぬものはいないというほど知られている・・・。なにより、現在も治安部隊の任務に隊長として日々忙しく仕事に追われている筈の彼が、何故、どうしてここに居るのかという事だ。
「迎えにきたって・・仕事は・・・?」
性格的には真面目なクラウドのこと、セフィロスがこう訊ねられる事も判っていたのだろうひょうひょうと応えた。
「抜けてきた。・・・心配ない、今は休憩時間だ。―――少ししたら、戻る」
呆れてものもいえないとはこういうことだろう。
―――けれど。
何でここが判ったのか、とか、休憩時間、絶対ザックス辺りを脅して出て来たに違いないとか、思ったりしたけれど。
なんでもないような振りして、でも、とても。
僅かな確立でも、見事探し当ててくれたというのならば。これも、きっと奇跡と呼べるのではないかと思うから。
クラウドは、静かに。
舞い散る雪の中に溶け込んで仕舞うかのような、柔らかな笑みをセフィロスへ向けた。
「――――」
「・・・へっくし!」
それは一瞬にも満たないような。
けれど、目を奪われるには十分な威力を持っているものだったが、瞬く間に本人の豪快なくしゃみによって儚く消え失せる。その事に、セフィロスは少しだけ残念に思いつつ、ぶるりと肩を振るわせたクラウドに羽織ってきたコートを広げて抱き寄せた。
「ぅわ!」
クラウドにしてみれば少し強引な、けれど優しく引かれて収まった胸の中。温かさにほっと息を吐くも、ここが路肩だと気が付いて暴れだす。
「ちょ、セフィっ!!!」
「気にするな」
「アンタは少しは気にしろよ!ここは・・・!」
「往来だが、他に誰も居ないぞ」
急に降ってきた雪の所為か、いつもはそこそこにある人の姿は全くもって見受けられず。ただ、ブランコだけがある公園は、うっすらと雪をかぶっていた。
「・・・大人しくなったな」
「馬鹿、寒いんだよ」
からかうような声が、コートごと包むようにクラウドを包む。
その、あまりの温かさに、クラウドは、観念したようにそっと逞しいその胸に凭れるのであった。
周りが白く染まり始めた世界で、たった一つ。
不自然な黒い影の中に、ひょっこりと金色のツンツンが見えた日の話。