償うことさえ出来ない



ザックス、という男が齎したモノはなんだったのか。
セフィロスは考える――――



あれはそう、丁度今頃の時期だったか。
まだアンジールがいて。ジェネシスがいて。
ほんの少し幼かった自分がいて。
そこに、2ndとして上がってきたザックスが入った。


アンジールとジェネシス。
今はもう、この世から存在したことすら抹消された・・・残されたのはデータサンプルのみとなった、二人。
セフィロスにとっては友と呼べた、唯一親しくしていた二人だったのに。

からん、と軽い音を立ててグラスの中の氷が崩れた。



「お前には理解できまいよ」
お得意の、人を少し嘲る様な笑みを浮かべながらそう言って、剣を向けてきたジェネシスと。
「いつか、お前も解る時が来る」
いつもより深く眉間に皺を寄せて苦虫を噛み潰したような声の癖に最大魔法を放ってくるアンジール。
親友とさえ呼べたはずの二人との決別の時。
彼らは、自分ではなく、ザックスを。

望んで、命を失った――――




何が正しくて。
何が悪なのか。

そんな簡単で単純なものだったら、これ程。今も胸に残りはしない。
彼らを本当に、本当に友だと・・・・最初から計画を知っていたのにも拘らず、それでも「友」と。呼んだ存在は彼らだけだったのに。

タークスの主任になる前のツォンが連れてきた、己が付くはずだった任務に付いた男―それが2ndのザックスだった。
それがきっかけだったのだろうか。偽りの中で培われてきた友情が、真実を露呈することになったのは。
陽気で前向き。いつだって明るく真っ直ぐなザックス。気持ちの良い男だ、とアンジールがよく話をしていたのを覚えてる。ジェネシスと興味無げにふーんと頷いては近くお前達にも紹介してやる、と言っていた。

そして。
「サー・セフィロス!初めまして、2ndのザックス・アマンテです!!」
ヨロシクお願いしまっス!!!
本当に紹介されたザックスを交え、ああでもない、こうでもないと任務を交えていつしか日常でも(上司と部下としてだか)つるむ様になっていた。
まあ、あの当時、能率を優先して専らアンジールとコンビを組ませていたのは自分だったのだが。
それが、道を踏み外させた大一歩だったのか。それとも。



高い度数を誇る酒の中で、透明な塊が音を立ててゆるりと液体に解けてゆく様がまるであの時のようだと。不意に過ぎた過去の映像を飲み干すように、グラスを傾ける。
コクリ、と淡い光が灯されただけの自宅のバーで酒を飲みながら、セフィロスは一人思いを馳せた。


「あいつは、この腐りきった神羅(ばしょ)に置いて唯一穢れてない存在だ」

”プロジェクトG”
最初からジェネシス以外知っていた。
否、知らされてジェネシスのもとへ派遣されたのだ。もともと幼馴染だというアンジールと共に。
誤算があるとすれば、この三人の間に生まれた友情、其れをこそ指すのだろう。あまつさえ、計画をGことジェネシスが知ってしまった為に狂いだした計画。
余計な感情さえ生まれなければ、あのままいれたのだろうか?


「裏切り者!!」


ジェネシスの声が脳裏に木霊する。
セフィロスにとって友と呼べた人間からの罵りも、ミッションという名の下に理性が感情を切り捨てた。
そう、理性でコントロール出来る。所詮はそんな程度の友だったのだと、もう一人の自分が嘲るように、同じく最初から計画を知っていて結局は神羅に逆らったアンジール共々二人に剣を向けた。この二人を前に、セフィロスは一切の手加減をすることはなく。
二対一でさえ圧倒的な強さでもって、神羅に逆らいし反逆者達を一掃しようと剣を。振りかざそうとしたその時。

ガキィイイン!!!!!!!!!!
二人の前に、飛び出してきた影。



「何、やってるんだよセフィロス!!!!!!!!!」


力尽き、膝を地に着いていた二人を庇うように飛び出してきたのはザックスだった。
ぶるぶると両手で剣を支えていても、圧倒的な力の差に腕が震える。止められたのが奇跡と思えるほどの、絶対的な力の差は歴然としていて。
これが、1stと2ndの違いなのかとサックスは奥歯を噛締める。


「ザックス・・・お前の方こそ何をやっている。」
「アンタ、自分が何をしているのか解ってんのかよ!?」
「当たり前だ。何を寝ぼけたことを言っている」
「だったら何で!こんな事してやがるんだ!!!!!!!!!!!!!」
言いながら、攻防を続けている二人を前に、ジェネシスとアンジールがザックスの乱入にやや呆然とした面持ちで見守っていたが、はっとして慌ててザックスの援護に付いた。


「あんた等、友達なんだろ?仲、良かったんだろ?!なのに何で殺し合いなんかしてるんだよ!!!!!!!!!!!」


ザックスを交えて1対3で戦うも、セフィロスの強さになす術もなく、三人は傷付き立っているのもやっとの風情。それでも、ザックスのセフィロスを睨みつける眼光だけは衰えず、何故、と繰り返し問うのだ。
圧倒的な力の差に、歴然とした事実を覚ったアンジールがもういい、とザックスを宥める。
「何で?!!」
「最初から、解っていたことだった。だが、それを俺達が拒否した。それだけだ」
「それだけって!最初から解ってたって、アンジール?!!!」
「・・・そうだ。そもそも神羅とは利潤を求める一介の企業に過ぎない。それも一切慈善事業などするはずもない強欲な、利己主義な、な。」
「世界が勘違いをするほど、神羅はすべてを掌中に納めつつある。それでも飽き足らず・・・・」
「結果、神羅に踊らされてた俺達は、お互い意見の相違をここに見出した、というわけだ」
声を張り上げたザックスに、セフィロスが面白くもなさそうに言えば、アンジールが補足し、ジェネシスが答えた。
「何だよ、こんな時だって仲、あんた等良いじゃねーか!」
ザックスが呆れたように、それでも歯を食いしばりながら剣の構えを解く事無く遣る瀬無さに吼えれば。
「・・・。なあ、セフィロス。」
「何だ」
アンジールが構えを解き、いつものような気安さでもって一歩踏み出した。
「俺達を見逃せなんて言わない。だが・・・」
ちらりとジェネシスを伺えば、ジェネシスも構えを解いて進み出た。
「アイツは、まだ、無関係だ。」
セフィロスは構えを解くことはしなかったが、間合いに入り込んだ二人に動こうともせず答える。
「・・・今はまだ、なだけだろう。知ればあいつも後戻りは出来ん」
「それでも。」
「俺達は。」
―――アイツに託したい―――


三人で過ごした時間は長かったように思えるが、僅か3年しか経ってなかった。
それでも、3年という月日が人形のようだったセフィロスと。似たような状態だったジェネシスに、年寄り臭いアンジールが暗中模索で深めてきた絆が。
セフィロスに人間らしさを与え。彼らとならば声ならぬ言葉ー気持ちーが。視線を交わすだけで解るようになったのだ。




それから。
プロジェクトGを始めとし、単独で調査を進めてきたセフィロスだったが。
恐ろしく用心深く闇にさえ内密に動く、其れ。他にもプロジェクトは進んでおり、多様化し混迷する情報に詳しい動向を流石のセフィロスも今だ捉えることが出来ないでいる。
溜息を付きたくなる毎日に、副官としてザックスがいるようになった。




鬱陶しいほど騒がしく、物怖じしない戦闘馬鹿で。だが、やたらと観察眼に優れ、特に人の機微など本能で覚っているのではないかと思えるほど敏いザックスが、傍に居るのは苦痛ではなかった。
むしろ彼らを失って、恨まれてもおかしくはなかったあの状況の後。厚顔にも副官に任命したセフィロスに、アンジールたちがいた時と変わらぬ態度で接するザックスにどこかほっとした気持ちがあったのは否めなくて。

だから知りたかった。



ザックスという男が何なのか。
アンジールは兎も角、ジェネシスさえザックスという男を欲したその意味を。




カラン、とまた氷が音を立てて溶けていく。
一人自嘲気味に笑うセフィロスを、誰が知っているだろうか。




「?!!!!」
触れれば解るかと思って、強引に、煩く忙しなく動くその唇を奪ってみた。
朝、いつも通りに出勤してきたザックスに、何を考えているのかわからないと定評の無表情で手招きをすれば「なに〜、旦那〜?」とあっさりと近寄ってきた。
警戒の欠片もなく、不機嫌そうに書類を片手に呼びつけるセフィロスの近くに来たザックスは、一体何が起きたのか、瞬時に理解することが出来なかった。
「〜?〜っ!〜〜?!!」
ふぐ〜!と口を塞がれながらも全身で、懇親の力を振りいつの間にやら添えられていた腰に回った右手と、後頭部に回された左手の拘束から逃れたザックスが叫んだ。
「な、な、な、何すんだーーーーー!!!!!!!!!!

大音量で騒ぐザックスは、この部屋がセフィロス専用で、他人に荒らされるの嫌ったセフィロスが自分の他に副官も下士官も付けないでいて良かった、と初めて心から思った。
しかし、誰もいないこの現状は反対に危険だと気付かされるのも早かった。
「キスをしただけだが。―それにしても、相当遊んでいるというのはデマか?」
技巧の一つも全くあったものではなかったぞ。
そんな事を言いながらいつの間にか目前に迫るセフィロスにザックスは青ざめた。瞬間的にセフィロスの傍から入り口付近まで逃げ出したというのに、いつの間に接近されていたんだろう。
そんなことより。
「誰が男相手に発揮するテクなんかあるかー!!!!!!」
ザックスは叫んだ。
朝っぱらからまさかこんな目に遭うと誰が思うか。
「だが、アンジールとジェネシスには遺憾なく発揮していたのだろう?」
「はあ?何言ってんだよアンタは?!!」
「でなければ、あの二人が・・・・」
どうして執着するというのか。

ザックスという男は確かに、彼ら以外に傍にあって―多少の煩さはあるものの―苦にならない。だが、固執するほどの何かを持っているわけではない、とセフィロスは思う。
この時はまだ、彼にとって最も執着し、大切に思うものが出来るなどとは思ってもいなかった・・・そんな感情が芽生えるとは考えてもいなかった為、友人達の気持ちが理解できないでいたのだ。

「あの二人とはそんな関係じゃねー!!」
突飛な行動を起こしておきながら考え込む英雄に、ザックスは勤めて冷静に言葉を選んで告げる。
「ただ、俺にとって掛け替えのない人たちだった。それだけだ。そしてセフィロス、アンタも―」
「・・・・・・」

だから、副官を引き受けたんだと彼は言う。
言いようのない何かが、微笑むザックスの言葉に反応した気がした。

それでも、アンジールとジェネシス。彼らと共にし、ザックスと一緒にいるようになった今でさえセフィロスの感情はまだ、完全に目覚めることはなく。
彼が初めて。己の感情というものを知るのはこれから。
ザックスの親友という一般兵に会うまで、彼の感情は揺り篭に眠る赤子のようにセフィロスの中でたゆたう。


氷はいつの間にかすべて解けて消えていた。
酒を飲み干したセフィロスは、ふと、寝室に眠る幼い姿を思う。

『いつか、お前も解る時が来る』
何かに付け、説教してきたアンジール。
『お前には理解できまいよ』
自分より皮肉屋のジェネシス。
彼らが、ザックスに対しどんな感情を抱いていたのか。今は憶測でしかないけれど。
掛け替えのない存在―それがどんなものであるのか。セフィロスは遅ればせながら知ることが出来た。

だから。
あの時の己を弁護することはしないけれど。
償いなど、考えたことはないし、する気もないけれど。
大切なものが出来た今。
彼らの大切に思うものも守ろう。

誰に明言するでもなく、まして亡くした彼らに言う気もさらさらないけれど。
セフィロスの中でそれは誓われた。



ひっそりと灯っていた明かりを消し部屋を後にする。
残されたグラスの、淵に僅かに残った雫が揺れる銀の髪を映し、闇の中で流れ落ちた―――――――






終わり

2007.01.21

あとがきもどきはBLOGにて。